|
地方自治体や民間からの自発的な提案に基づき、特定の地域で規制を緩和する構造改革特区制度。全国レベルでの規制改革が難航する中、地域を限定してその地域の特性に応じた規制の特例を導入することで成功事例を示し、それを全国的な規制改革へと波及させ、併せて地域経済の活性化に繋げるというのが制度の狙いである。
最初の特区が誕生してから約2年半が経過したが、これまでに認定された特区計画は全国で609件に上る(うち61件が認定取り消しとなり、現在は548件)。ここでは、この構造改革特区制度の内容について概観するとともに、民間企業から見た特区制度の活用の可能性について考えてみたい。
構造改革特区制度の概要
構造改革特区制度は概略以下の手順に従って進められる。
- まず、全国の地方自治体、民間事業者、個人等から広く特区の構想提案を募集する。
- 全国から寄せられた規制改革要望について、内閣官房に設置された構造改革特区推進室がそれぞれの規制の所管省庁と協議して、特区において実施できる規制緩和(規制の特例措置)が決定される。この際に、地域限定の特区ではなく一気に全国で実施となる規制緩和もある。
- 決定された「規制の特例措置」はいわば特区の「メニュー」のようなものであり、各地方自治体はこのメニューの中からそれぞれの地域のニーズに応じた「規制の特例措置」を選択し、それを利用した構造改革特区計画を策定して、計画の認定を申請する。
- 計画が認定されれば晴れて「特区」の誕生となり、認定を受けた自治体は計画を実施する。
- 認定から一定期間経過後、民間有識者からなる「評価委員会」にて個々の特区における規制緩和の効果について評価を行い、(1)地域を限定することなく全国にて実施、(2)引き続き当該地域特性を有する地域に限定して適用、(3)規制の特例措置の廃止又は是正、のいずれかが判断される。
これまで7次に亘る特区構想提案の募集が行われたが、集計数字が公表されている第6次までの累計で延べ1,539の提案主体から2,337件に及ぶ提案が寄せられた。これらの提案のうち、特区において実施できる「規制の特例措置」として決定された規制緩和項目は194項目、全国で実施とされた規制緩和項目は312項目に上っている。
地方分権の先行実験としての意味合いも
構造改革特区制度の目的は、規制緩和の先行実験と、それを通じた地域の活性化にある。しかしながら、この制度にはもう一つ、「地方分権の先行実験」としての意味合いがあることを強調しておきたい。
地方分権の本質はローカル・オプティマム(それぞれの地域が選択する、それぞれの地域の最適状態)の実現にあるが、その背景には「地域でできることはまず地域に委ねる」という「補完性の原則」がある。そして、地域がそれぞれにローカル・オプティマムを追求していくと、その結果、地域によって規制が異なる「一国多制度」とでもいうべき状態が当然となるはずだ。
その点、地域固有の課題の解決のために、地域自らの発案によって規制緩和を実施するという構造改革特区制度のフレームワークは、補完性の原則を具現化したものであるといえよう。そして、特区制度の導入を通じて、例えば、特区においてはどぶろくの製造が可能であるが、特区以外の地域では依然としてどぶろくは製造できないといったように、一国多制度の状態が生じている。ローカル・オプティマムに向けた動きが、特区制度を通じて実験的とはいえ始まりつつあるのだ。
民間企業による特区の活用
構造改革特区は、産業活性化から教育、福祉に至るまで、地方自治体が抱えるさまざまな課題解決の手段として利用されている(表@)。これらの特区の中には、特区において実現される規制緩和をうまく活用することで、民間企業がメリットを享受できるものも数多く含まれている。以下に代表的な事例のいくつかを紹介しよう。 表@ 構造改革特区 分野別認定状況
| 分野 |
件数 |
| 国際物流関連 |
16 |
| 産学連携関連 |
35 |
| 産業活性化関連 |
27 |
| IT関連 |
7 |
| 農業関連 |
94 |
| 都市農村交流関連 |
68 |
| 教育関連 |
120 |
| 幼保連携・一体化推進関連 |
72 |
| 生活福祉関連 |
80 |
| まちづくり関連 |
15 |
| 地方行革関連 |
2 |
| 環境・新エネルギー関連 |
8 |
| 国際交流・観光関連 |
4 |
| 合計 |
548 |
(構造改革特別区域推進本部公表資料より作成)
@ 従来規制が事業への参入障壁となっていたケース
わが国には、規制によって民間企業の事業参入が厳しく制限されている、いわゆる「官製市場」と呼ばれる領域が存在している。農業、医療、教育、福祉といった分野がその代表だが、構造改革特区においては、部分的ではあるがその参入障壁に風穴が開きつつある。
例えば従来、株式会社は農地を直接保有することができず、農業経営を行うためには農業生産法人を設立する必要があったが、構造改革特区では株式会社が直接農地を賃借できることになった。この特例措置を利用して、山梨県の「ワイン産業振興特区」ではワイン醸造メーカー(ワイナリー)が自ら栽培したぶどうでワインを醸造することが可能となった。また、千葉県山武町の「有機農業推進特区」では、大手居酒屋チェーンのワタミフードサービスの子会社が、同チェーンで使用する有機野菜の栽培に乗り出している。なお、この株式会社に農地賃借を認める特区は既に全国71ヵ所に広がり、これを利用して農業に参入した株式会社、NPO法人は100社を超えた。そうした成果もあって、この9月からは全国で利用可能となった。
また、学校経営についても、これまでは学校設置主体は国・地方自治体・学校法人に限定されていたが、特区では株式会社にも設置が認められることとなった。これを受けて東京リーガルマインドやデジタルハリウッドといった企業が東京都千代田区(キャリア教育推進特区)や大阪市(ビジネス人材育成特区)に大学や大学院を開校している。
A 従来規制が事業推進上のボトルネックとなっていたケース
民間企業が事業を行うためには、業種による程度の差こそあれ、通常さまざまな規制の網がかぶせられている。それらの規制は、それぞれ必要があって設けられたものであろうが、現状では必ずしも事業の実態に即していないものも少なからずあり、それが事業推進上のボトルネックとなっている場合がある。
例えば、石油コンビナートの安全基準について、代替措置を講じれば設置基準や検査基準を緩和することが特区において認められたため、それを活用した「技術集積活用型産業再生特区」(三重県四日市市ほか)や「鹿島経済特区」(茨城県)では設備の改修や検査に関して大幅なコストダウンが可能になった。また、「国際自動車特区」(愛知県ほか)などでは、自動車回送時に必要な仮ナンバーのプレートを、ビス留めが必要な金属製から簡易な樹脂製で代替可能とすることで取り付け時間が短縮された。
B 従来規制がイノベーションの障害となっていたケース
新しい技術の開発、いわゆるイノベーションの重要性が高まっているが、規制が従来の技術を前提として設計されている場合には、その規制の存在自体が新しい技術の開発の妨げとなってしまうというケースがある。
例えば、ロボット開発企業のテムザックは、道路交通法がそもそも「ロボット」というものを規制の対象として想定していないために、開発上必要な実証実験を公道上で実施することに支障をきたしていたが、福岡県ほかが「ロボット開発・実証実験特区」の認定を得たことで公道での実証実験が可能になった。また、佐賀大学では海の海面付近の温かい海水と深層部の冷たい海水との温度の差を利用して発電する海洋温度差発電の実用化に取り組んでいるが、実験用の発電施設が電気事業法の対象となるため、煩雑な許認可手続きが必要であった。これも伊万里市が「伊万里サステイナブル・フロンティア知的特区」の認定を得ることで手続きが大幅に簡素化され、技術開発のスピードアップに寄与している。
C従来規制が企業の事業所立地の選択肢を狭めていたケース
企業が新たに工場や店舗などの事業所を設置しようとする場合に、企業にとって魅力的な立地の候補地があっても、そこに規制がかかっていることによって、事業所の設置が困難であったり、あるいは立地の魅力を削がれてしまうということがある。
例えば、温泉施設を運営する万葉倶楽部は横浜みなとみらい地区への新規出店を考えたが、同地区は公有水面埋立法の規制により、埋立後10年間は権利の移転や用途変更が制限される。横浜市がこの制限期間を5年に短縮する「みなとの賑わい特区」の認定を得たので、万葉倶楽部は用地の取得をスムーズに進めることができた。また、大都市近郊に自社産トマトの栽培用地を捜していたカゴメは、大阪近郊で大規模かつまとまった土地が確保できる和歌山県土地開発公社の工業団地「コスモパーク加太」の用地を検討したが、開発公社所有地は公有地拡大推進法により賃貸が認められていないため、カゴメ側の要望に合致しなかった。これも和歌山県が土地開発公社所有地の賃貸を認める特区(「新ふるさと創り特区」)の認定を受けることによって、カゴメが賃借することが可能となった。
特区活用のための具体的アクション
このように、民間企業が事業を進めるうえで、あるいは新規事業や多角化に取り組むうえで、規制がなんらかのかたちで障害となっているような場合に、構造改革特区制度を活用してその規制を緩和できる可能性がある。では、民間企業が特区制度の活用を考えるうえで、具体的にはどのようなアクションを起こせばよいのだろうか。
まず最初にすべきことは、@実現したい規制緩和が特区で利用可能な規制緩和メニューである「規制の特例措置」に盛り込まれているかどうか、A自社がその規制緩和を利用した事業を実施する地域の地方自治体がどのような特区の認定を受けているか、の二点をチェックすることである(表A)。
もしすでに「規制の特例措置」に盛り込まれていて、なおかつ当該事業を実施する地域の自治体が、その特例措置を利用した特区の認定をすでに受けている場合は話は簡単で、当該自治体に申し出て特区計画に自社事業を盛り込んでもらえば、規制緩和のメリットを享受できるようになる。また、まだ自治体が特区の認定を受けていない場合には、自治体を説得して、特区計画を策定し認定申請をするよう働きかける必要がある。
一方、希望する規制緩和がまだ「規制の特例措置」として認められていない場合はやや複雑で、まずは年2回程度実施される「特区構想の提案募集」に自ら提案し、それを「規制の特例措置」としてメニューに加えてもらう必要がある。そして、希望する規制緩和が「規制の特例措置」のメニューに載ったならば、次はその規制緩和を利用した特区計画の策定・申請を自治体に働きかけるというステップを踏むことになる。
いずれにせよ、特区の申請自体は地方自治体でないとできないので、企業としては地方自治体との協調が不可欠となるが、これは地域密着度の高い中堅・中小企業にとってはむしろ有利といえるかもしれない。商工会議所や青年会議所といった地域の経済団体を自治体とのコミュニケーションに活用するということも考えられるだろう。
なお、構造改革特区推進室では、特区提案や認定に関する「メール相談窓口」を開設しているほか、要請があれば担当者を「出前コンサルタント」として説明に派遣するなど、民間企業を支援する体制を整えている。また、各都道府県庁にも「特区エキスパート」が配置されており、規制緩和の具体的なニーズを抱えている企業は、まずはこうしたところに気軽に相談してみることをお勧めする。
表A特区制度活用のための具体的アクション(筆者作成)
|
自治体が当該特例措置を利用した特区の認定を既に受けている |
自治体が当該特例措置を利用した特区の認定をまだ受けていない |
| すでに「規制の特例措置」として認められている |
自治体に申し出て計画の適用を受けて事業を実施 |
特区の認定申請を行うよう自治体に働きかける |
| まだ「規制の特例措置」として認められていない |
@特区構想提案募集に提案し、「特例措置」に加えてもらう
Aそのうえで特区認定を受けるよう自治に働きかける |
(注)規制の特例措置の一覧は「基本方針別表1」と呼ばれ、構造改革特区推進本部のホームページに掲載されている。
民間の知恵と工夫が地域を活性化する
一時はなにかと話題を呼んだ構造改革特区制度も、最近は新鮮味が薄れつつある。また、提案募集の回を追うごとに、新たに「規制の特例措置」として認められる規制緩和の項目数が減少傾向にあることなど、制度としての課題も明らかになってきた。
しかし、現実に全国各地にさまざまなタイプの特区が続々と誕生し、それぞれが具体的な規制緩和の効果を目に見えるかたちで提示し始めたことで、自治体や関係者の特区に対する認識は徐々に高まりつつあり、むしろ民間企業がより積極的に取り組みやすい状況になってきたといえよう。事実、特区構想の提案募集において、提案主体に民間企業・個人等が占める比率は増加傾向にある。
大企業、中堅・中小企業を問わず、企業がこの制度を活用し、その「知恵と工夫」を最大限に発揮して、さまざまな新しい事業機会に積極的にチャレンジしていくことが、地道ではあるが地域経済活性化への早道だと筆者は考えている。
(この文章は、日本商工経済研究所『商工ジャーナル』2005年9月号に掲載されました。)
(C)Masahiro Tsujita 2005 All Rights Reserved
|