構造改革特区の本質は「ゲリラ戦」               辻田昌弘(2003年10月)           
 地方自治体や民間企業からの自発的な提案により、規制の特例を特定の区域に導入する。それが「構造改革特区」制度だ。全国レベルでの規制改革が難航する中、まず、地域限定の特例で成功実績を積み、それを全国的な規制改革へと波及させたうえで地域経済へとフィードバックするのが狙いである。
 特区制度がスタートして、ほぼ1年が経過した。これまでに地方自治体や民間企業など、延べ849の主体から1,357件の特区構想提案が寄せられた。そのうち、164の計画が特例として認定されている()。
 分野別では、「国際物流関連」「産学連携関連」「産業活性化関連」「IT推進関連」などの産業活性化に関する特区が62件と最多。次いで「教育関連」「幼保一体化関連」など、教育に関するものが44件。また、「農業関連」「都市農村交流関連」など農業に関するものが36件と続く。
 この10月に、3回目の申請が行われた。さすがに3回目ともなると、内容がバラエティーに富んでくる。株式会社やNPO(民間非営利団体)による学校設立や、農家が自家製酒を民宿で振る舞う「どぶろく特区」などユニークな計画が認定される見通しで、他にも、特区としての認定には至っていないが、市町村長に代わるシティマネジャー制度(埼玉県志木市「地方自治解放特区」)や、国政選挙での電子投票の実施(岡山県新見市「電子投票特区」)などの提案もある()。

過大な期待は禁物
 まずは順調な滑り出しを見せたかたちの特区制度であるが、これを契機に規制改革が一気に進展するとの過大な期待は禁物である。
 確かに、前回までの2回の特区構想提案の中から、特区において利用可能な規制の特例措置として認められたのは117項目。特区に限定せず全国実施となった規制は186項目に上った。
 だが、認められた項目を仔細に眺めると、中央省庁との協議を経て決まった「小粒」のものが多いと気づく。第1次提案で認められた79項目のうち、法律レベルの特例措置は、全体の2割にあたる16項目にすぎず、大半は政令、省令や通達、告示レベルの特例措置にとどまる。
 例えば、株式会社による農地取得は認められず、株式会社による医療経営も高度医療目的の自由診療に限定されている。
 こうした、規制改革の本命とでもいうべき案件については、依然、ガードが堅い。特区制度による規制改革は、細部にわたって幾重にも張り巡らされた規制の網を、一つずつほどいていく地道な作業を必要とするというのが現状だ。
 経済財政諮問会議は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」において、総合規制改革会議の取りまとめた「規制改革推進のためのアクションプラン・12 の重点検討事項」への対応を明記した。この中の12項目中、5項目については、「特区における実施状況を踏まえ検討する」とされた。特区制度が改革先送りの口実に使っているとすら感じられる。

地方分権の視点から捉え直すことが必要
 そもそも、特区制度における規制改革の考え方は、全国的な規制改革が遅々として進まないため、地域限定の規制緩和を特区で行い、その成果を全国に広げていくというものである。つまり、究極の目的は全国レベルの規制改革であり、特区は、あくまでそこに至る過渡的な形態との位置付けになっている。
 だが、特区の本領は、権限を中央省庁から地方自治体に委譲することで発揮される。「地方でできることは地方に委ねる」との地方分権の考えを土台に据えるべきである。
 地方分権を前提とするならば、全国レベルの規制改革は必ずしも究極の目的ではない。なぜなら、規制の緩和や撤廃、強化は、各自治体の住民の選択に委ねられるため、地域によって規制が異なることは当然で、そのまま全国に適用することは、むしろ困難なはずだからだ。地方分権を前提とした特区制度は、けっして過渡的な形態ではなく、それが常態となるはずなのである。
 地方分権改革、すなわち国から自治体への権限と財源の委譲(エンパワーメント)の先にあるのは、各自治体がそれぞれの地域特性や住民ニーズに対応した制度を選択した「一国多制度」ともいうべき姿だ。特区はそれを先取りする「先行実験」であると解すべきではないだろうか。

現場発の「カイゼン提案」
 地方自治体は、住民サービスの最前線、いわば「現場」の担い手としての役割を担っている。特区制度に寄せられた「提案」の多くは、そうした日々の現場で直面する規制の壁への改革の要望、すなわち、現場発の「カイゼン提案」にほかならない。前述の通り、法律のみならず政令や省令、通達のレベルまで、規制は細部にまで"行き届いて"いる。現実には、こうした細かな規制こそが現場の自由な動きを阻害し、地域行政の非効率を生んでいるのである。
 例えば、保育所の給食は、原則として保育所内に調理室を設け、そこで調理員が調理することと通達で定められていた。だが、鳥取県羽合町などからの提案で、特区において条件付きながら、外部からの給食搬入が容認されることになった。これにより、コストダウンが可能となった。
 総合規制改革会議に代表される中央での規制改革の議論では、全国レベルでの影響の大きい、いわば「大項目」についての議論はできても、これら微細な規制の一つひとつを俎上に乗せることは事実上困難だ。現場に裁量権を与え、現場の実情や特性に合ったカイゼン策を考え、実行させたほうが迅速かつ効果的である。

企業にも必要な現場の目線
 特区制度を活性化させるもう一つの重要なポイントは、民間企業の特区への参入だ。
 これまでのところ、地場産業やベンチャー企業などが主体で、大手企業の場合は、地域の事業所レベルでの参入が散見される程度である。民間企業、特に大手企業からすれば、特区での先行実験を経て評価委員会による評価を受けるという現行の仕組みでは、評価の結果、特例措置が廃止となるリスクを負ううえ、仮に評価の結果全国で実施となれば、必ずしも先行者利得が得られるわけではないため、二の足を踏んでいるというのが実情のようだ。
 だが、これまで見てきたように、特区制度を「現場」発のカイゼン運動と捉えるならば、民間企業の側にも、特区を利用する意義が生まれる。
 いくつかの例を挙げよう。
 例えば、兵庫県ではかねてより、重厚長大型の産業が集積する臨海工業地帯を、環境・リサイクル産業の拠点へと構造転換すべく、産学官一体で「ひょうごエコタウン構想」を進めてきた。その中で、姫路市にある新日本製鉄広畑製鉄所では、SMP法(冷鉄源溶解法)という独自の製鋼法により、廃タイヤを製鉄原燃料として再利用する技術を確立した。全国で発生する廃タイヤのうち、実に6%をここで処理するという実績を上げている。
 しかし、廃タイヤを原燃料として有償で受け入れているため、コストの面が事業拡大の制約となっていた。廃タイヤを廃棄物として扱うことができれば、無償もしくは、反対に処理料を徴収しながら廃タイヤを受け入れることが可能となる。だが、そのためには廃棄物処理に関する各種規制をクリアしなければならず、時間とコストが必要になる。
 そこで、姫路市が「環境・リサイクル経済特区」を申請。広畑製鉄所が特例措置として「再生利用認定制度対象品目の拡大」の適用を受けることにより、廃棄物処理業の許可を取らずして無償もしくは料金を受け取りながらの廃タイヤ受け入れが可能となった。
 今後、取り扱い対象が増えることで、事業規模の拡大や関連産業の集積が進むと期待されている。姫路市は姫路港を「総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)」として国の指定を得るなど、産業構造転換を積極的に支援している。
 また、茨城県でも同様の事例がある。アジア各国の追い上げによる国際競争力の低下に悩む鹿島臨海工業地帯の主要企業が、県を交えて競争力の強化に向けた議論を重ねていたところに、特区制度が施行された。主導的役割を担う三菱化学鹿島事業所は、県と共同で同工業地帯の石油化学コンビナートを「世界最高水準のコスト競争力を有するコンビナート」へ復活させるため、「鹿島経済特区」計画を策定し認定を受けた。
 同特区では、コンビナートに関する各種保安規制を、国際標準レベルに合わせる緩和が特例措置として盛り込まれた。実現すれば、年間1〜2カ月間の停止を余儀なくされていたコンビナートの連続運転が可能となり、年間1,000億円以上の生産ロスの解消が見込まれるなど、コスト競争力の向上が期待される。
 二つの事例に共通するのは、いわゆる重厚長大型産業が国内の空洞化への危機意識を持ち、地元自治体や立地企業群と研究会や協議会を結成して議論を重ねてきた"下地"があったことである。いずれの事例も、けっして派手さはないものの、自治体と企業の現場サイドの協業によって特区が実現し、双方がメリットを享受するとともに、地域産業の再生・活性化につなげる好例といえる。
 民間企業では、例えば本社でデスクワークをしているスタッフが特区への事業参入を検討しても、姫路と鹿島の事例のような"現場密着"のアイデアはなかなか浮かばないであろう。
 事業の最前線にいる現場のスタッフが、常に問題意識をもって日々の事業活動に従事できる環境にあるか。また、問題意識に従い、自発的に具体的なアクションを起こせる環境にあるか。特区制度の活用にあたっては、民間企業の側にも、現場への権限委譲が求められているのである。

自治体の経営能力を高める
 さらに特区制度は、使いようでは、自治体の経営能力を向上させる格好のトレーニングともなる。
来るべき地方分権・地方自立の時代に備えて、自らの経営能力の向上を図らねばならないというのは自治体共通の課題だ。だが現状では、中央省庁によりその手足ががんじがらめに縛られ、経営能力向上に向けた自己改革に取り組むことが困難とのジレンマに陥っているようだ。
 特区制度によって限定的とはいえ各自治体は、自由裁量の余地が認められた。半面、特区において弊害が生じた場合には、自らそれに対処しなければならない。国からの財政支援は得られないから、必要となれば、自主財源を使わなければならない。リスクも負わなければならなくなるが、こうした経験を積むことは、自治体の経営能力を鍛える上で大いに役立つはずである。
 我々が特区認定を受けた自治体の担当者を対象に実施したアンケートにおいても「特区制度の高く評価できるポイント」として「自治体の意識改革、組織活性化」を挙げた自治体は28%にのぼった。これもまた権限委譲の効用である。
 このように、特区制度の手法を分析してみると、そのプロセスには近年急速に普及しているソフトウェア「リナックス(Linux)」の開発手法と共通するものがあることに気付かされる。
 リナックスとは、米マイクロソフト社の「ウィンドウズ」と同様、コンピュータのOS(基本ソフト)の一種だ。誰もが自由に利用でき、しかもプログラムの内容自体が公開されているため、世界中で数千人といわれるプログラマーがそれぞれ自由に改良を加えるかたちで、進化し続けている。
 特区制度とリナックスの共通点は、「たくさん試して、うまくいったものだけを残す」という点である。リナックスでいうところの"膨大な数のボランティア"が、特区制度でいえば"多数の自治体"に当たる。ただし、多数の参加者が好き勝手に実験をしていては、無秩序状態に陥る。「うまくいったものだけを残す」というプロセスが同時に必要になる。
 リナックスの場合は、生みの親であるリーナス・トーバルス氏を中心とするコミッティがネット上に形成されている。特区制度では、評価委員会が、この役割を担うことになる。
 特区制度においても、全国で展開される多種多様な取り組みについて、成功や失敗の事例を自治体間で共有することができれば、無駄な動きが省けるし、全体として改革が加速されるはずだ。現在の特区制度において不足しているのは、自治体間の情報共有と学習にかかるプロセスである。
 前述のアンケートでは、66%の自治体が「他の自治体の取り組みに関する情報を積極的に入手したい」と考えているが、そうした情報を「入手できている」と答えた自治体は37%にすぎない。
この点に関しては、例えば全国86の市町村長の集まりである「構造改革特区推進会議」のような連携組織が自発的に立ち上がりつつあるが、21世紀政策研究所でも、自治体間の特区に関する情報の共有化を支援するため、このほどインターネットサイト「構造改革特区支援サイト―みんなの特区(http://www.21ppi.org/mintoku/)」を立ち上げた。

正面からではなく
 これまでの構造改革の手法は、規制改革にせよ特殊法人改革にせよ、中央に首相直轄の会議体を設置し、そこを主戦場として抵抗勢力に正面攻撃を挑むというスタイルをとってきた。こうしたスタイルは、既存の制度の問題点を衆目にさらし、広く議論を喚起するという点で極めて有効だが、半面、正面攻撃であるがゆえに、抵抗勢力の側の防御も強固になる嫌いがある。
 こうした正面攻撃型とは対照的に、特区制度は、一種ゲリラ戦的な闘い方といえるかもしれない。
中央での正面攻撃に加え、周縁部でもゲリラ戦を展開するという"二正面作戦"こそ、構造改革を加速させる。多くの自治体や民間企業が途切れることなく特区に「参戦」し、多種多様な試みを持続的に行うことが、特区制度を成功に導くだろう。

毎日新聞社「週刊エコノミスト」2003年10月21日号所収

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