自治体間競争における戦略的ツールとしての構造改革特区制度   辻田昌弘(2004年6月)           
1. はじめに−自治体間競争の時代

 全国の地方自治体は、税収の源泉である住民や企業の誘致を巡って互いに競合する関係にある。それは実は今に始まったことではないのだが、これまでは人口も経済成長も右肩上がり、つまり全体のパイの拡大が長く続いてきたことに加え、地方交付税交付金制度という自治体間格差を調整する仕組が機能していたために、各自治体はこの「自治体間競争」というテーマについてさほど意識する必要には迫られなかった。
 しかし、今後我が国の人口は長期減少局面に入る。経済成長もこれまでのような高度成長は望むべくもない。全体のパイの拡大が見込めないとなれば、住民や企業の誘致を巡る自治体間の競争は熾烈なものとならざるをえない。
 経済のグローバル化に伴い、製造業の立地拠点は地方圏から海外へとシフトしつつある。製造業の空洞化は地方の空洞化でもある。その一方で国内に残る知識集約型産業は大都市圏への集中を強め、情報化の進展や交通インフラの整備によるストロー効果がその傾向をさらに加速させている。事実、東京圏や札幌、仙台、福岡といった大都市圏への人口流入は近年増加基調にある。自治体間競争の時代は既に始まっているのである。
 これまでの自治体経営においては、「戦略」という発想自体が希薄であった。なぜなら、中央省庁からそれこそ箸の上げ下ろしに至るまで厳しく管理される従来のシステムにおいては、「三割自治」と揶揄されるように、自治体が自身で裁量できる範囲は限られていたため、そもそも独自に戦略を立案・実施できる余地も少なかったからである。しかし、自治体間競争の時代を勝ち抜くためには、今後は自治体においても戦略的な発想、なかでも競争戦略の視点が不可欠となる。
 本稿では、特に企業誘致という具体的な課題に焦点を当てながら、自治体間競争の時代における自治体の競争戦略のありかたについて論じてみたい。

2. 工場立地件数の増加とその背景

去る三月に公表された経済産業省の「工場立地動向調査(速報)」によれば、2003年の全国の工場立地は、件数で1,052件、面積で1,325ha となり、過去最低であった前年に比して件数で24.6%増、面積で51.9%増と大幅に増加し、ながらく続いた低迷に底打ちの兆しが見え始めた(図表1)。こうした工場立地の大幅増加の背景には、自治体の工場誘致に向けた努力があると考えられる。
 同調査では立地企業に対して「立地地域選定理由」を聞いているが、その中で「県・市・町・村の助成・協力」という項目が、17 項目中第3 位(総回答数に占める比率11.0%)に挙げられている。しかもこの「県・市・町・村の助成・協力」という理由項目は、前年の2002 年調査では第5位(総回答数に占める比率8.56%)であり、2003 年に急上昇していることが見てとれる(図表2)。

 工場誘致にかかる「地元自治体の助成・協力」といえば、2002 年の三重県によるシャープの液晶テレビ工場誘致の事例が記憶に新しい。シャープは三重県亀山市に総投資額1,000億円にのぼる液晶テレビ工場の建設を決定したが、この誘致のために三重県は最大90 億円(地元亀山市と合わせると最大135 億円)の補助金をシャープに支給することを決めた。シャープの工場誘致を巡っては「最後まで国内外の複数の候補地が争奪戦を繰り広げ(注1)」たというが、これはまさに企業誘致を巡る「自治体間競争」にほかならない。
 全国には膨大な工業団地が売れ残っている。地域振興整備公団企業立地情報センターの集計によれば、現在全国で販売中の工業団地は、地域振興整備公団を事業主体とするものが126件、その他の事業主体によるものが985件あるという(注2)。「その他」については一部民間企業も含まれるが、大半は自治体ないし自治体の土地開発公社や第三セクターを事業主体とするものである。これらの膨大な売れ残り在庫は、当然のことながら自治体財政を圧迫している。自治体にとって工場誘致は、誘致に伴う地域経済への経済波及効果のみならず、財政再建の観点からも喫緊の課題なのである。
 そのため、三重県のみならず各自治体は、以下のような思い切った優遇策・支援策を打ち出し、工場誘致活動を積極的に展開している。
@ 進出企業に対する固定資産税や不動産取得税、法人事業税など地方税の減免。
A 進出企業に対する補助金や助成金の給付。
B 進出企業に対する低利融資の斡旋。
C 土地賃貸方式の導入。
D 誘致に繋がる情報の提供者への成約報酬の支払い。
E 自治体内に企業誘致の専任部署を設け、積極的に誘致営業活動を展開。
F 許認可等の窓口を一本化する「ワンストップサービス」。
G 首長自らトップセールス。
 特にCの土地賃貸方式の導入については、資金効率を重視する昨今の企業ニーズに合致しており、企業側の評価も高い。「工場立地動向調査」でも、敷地を借地した工場立地の件数は近年大幅な増加傾向を示している。自治体としては、本来ならば売却して資金回収を急ぎたいところではあるが、工場用地に対する需要が極度に低迷する中にあっては、未利用のまま放置しておくよりは、いくばくかでも賃貸料収入を得つつむしろ工場進出に伴う雇用増などの波及効果に期待しようという、いわば背に腹は代えられぬ判断であると思われる。
 このような個々の自治体の積極的な工場誘致施策の展開が、国内工場立地件数の大幅な増加というかたちで実を結びつつあると見てよいだろう。

3. 財政支援型誘致施策の限界

しかし、こうした諸施策、特に上記@からBのような、進出企業への財政的な支援措置については、昨今の自治体の財政事情を考慮するとなかなか厳しいものがある。三重県のケースではシャープの新工場誘致の波及効果として、関連産業の進出等も含めて約12,000人の新規雇用や年間10 億円前後の税収増などが見込まれており、「補助金は10 年程度で回収できる(注3)」と試算されているようだが、今後危惧されるのは誘致合戦のエスカレートだ。工場用地の供給過剰状態が続く現状では、数少ない進出企業を巡って補助金など財政支援の額がつり上がっていくことが懸念される。
 これを競争戦略の視点から眺めてみよう。マイケル・ポーターは競争戦略のタイプを「コスト・リーダーシップ戦略」と「差別化戦略」に大別した(注4)。「コスト・リーダーシップ戦略」とは、競合する製品を他社より低コストで供給することで優位に立とうとする戦略であり、「差別化戦略」とは、他社製品とは差別化された製品を供給することで優位に立とうとする戦略である。これに従うならば、自治体が財政支援の額を競うことで企業誘致に勝とうとする戦略は、一見すると「コスト・リーダーシップ戦略」のように見える。しかし厳密には、これは「コスト・リーダーシップ戦略」とは言い難い。なぜなら、「コスト・リーダーシップ戦略」は、他の自治体に対して「コスト優位」が確立されていること、つまり他の自治体に比較して相対的に低コストな状態を持続的に維持できることが前提となるからだが、そのような強固な財政基盤を有する自治体は稀有な存在である。コスト優位が確保されていない中で補助金の額を競うことは、単なる「値引き競争」を行っているに過ぎず、そのような「消耗戦」の泥沼に陥ることは結果として自治体財政の疲弊を招来することになりかねない。

4. 差別化戦略のツールとしての構造改革特区制度

 財政支援という「値引き競争」に陥らずに企業誘致競争を展開していくためには、競争戦略のもうひとつのタイプである「差別化戦略」を検討する必要がある。他の自治体にはない、その自治体だけの特色、すなわち差別化要因をどのように構築していくかという課題であるが、そのための有効なツールとして構造改革特区制度がある。
 2001 年に創設された構造改革特区制度は、自治体等の発案による地域限定の規制緩和を認める制度であるが、この制度を活用することで、自治体は進出検討企業の要望にきめ細かく対応した支援措置を、それぞれ独自に講じることが可能となった。これまでに全国で386の構造改革特区が認められているが、その中でも、特に企業の工場や研究所の新規立地を促すことを主たる目的としている「産業活性化関連」「国際物流関連」「産学連携関連」の三分野(注5)に分類される特区の数は82 にのぼっている。
 当研究所の調査によれば、構造改革特区における規制緩和が呼び水となって、工業団地等へ工場や物流施設などが進出するに至ったと思われる事例は、これまでに22件、土地面積にして約85ha にのぼる(図表3;一部大規模商業施設を含む)。以下、個別に見ていこう。

 まず、もっとも件数が多いのが土地開発公社所有造成地の賃貸を容認するという規制の特例措置を受けた特区での企業誘致で、7つの特区で計18件、土地面積にして約56haにのぼる。土地開発公社とは自治体が全額出資して設立する外郭団体で、自治体の委託・要請を受け公共用地や代替地の先行取得を行うほか、工業団地や宅地の造成を行う場合もある。土地開発公社の所有する造成地は公有地拡大推進法により賃貸を認められていなかったため、土地開発公社の造成した工業団地では、これまで進出希望企業の賃借ニーズに対応することができなかったが、今般構造改革特区において賃貸を容認する「規制の特例措置」が認められた。これまでにこの特例措置を利用する特区は20箇所が認定されているが、これらの特区では賃貸に切り替えた途端に企業からの引き合い・問い合わせが増加したという。例えば兵庫県加西市の「産業集積特区」内の加西東産業団地の場合、平成13年の販売開始以来、分譲ではまったく売れなかったのが、賃貸に切り替えた途端に成約となったといい(注6)、特区の効果は大きい。
 これを競争戦略の視点から見ると、土地開発公社を事業主体とする工業団地間の競争においては、これらの特区は、他の公社が「分譲」という販売手法しかできない中で、企業ニーズに合致した「賃貸」という販売手法を可能にしたという点で「差別化」を果たしたことになる。しかし、公有地拡大推進法の制約を受けない、土地開発公社以外の事業主体(自治体、公団など)の多くは既に賃貸方式を導入しており、それらの主体を含めたより広い範囲での競争においては、ようやく同じ競争の土俵に上ることができたということに過ぎない。それでも、特区制度を活用して競争条件の不利を克服したことの意義は大きいといえよう。
 しかし、競争戦略の視点から見て着目すべきは、むしろそれ以外の四つの特区の事例であろう。
 石狩湾新港管理組合・小樽市・石狩市による「港湾物流特区」では、埠頭から工場までの輸送ルートにおける車輌総重量が1台あたり27トンまでに規制されていたが、申請車輌に限りこれを緩和するという特例措置が適用されることとなり、輸送コストの低減が見込まれている。鉄リサイクル加工処理で道内最大手の鈴木商会は、これを受けて廃車解体リサイクル処理の工場を同特区内に新設することを決定した(注7)。
 公有水面埋立法によれば、埋立地の用途の変更は当初10 年間は原則としてできないことになっているが、大阪府の「国際交流特区」では用途変更の柔軟化が認められたため、当初「製造業用地ほか」とされていたりんくうタウンの埋立地の用途を「商業・業務施設用地」に変更し、イオンモールによる大規模複合商業施設を誘致することに成功した(注8)。
 千葉県の「国際空港特区」では、これまで第三セクターにしか認められなかった総合保税地域の管理運営主体が民間企業にも認められることとなり、この規制緩和を活用して米国物流施設開発大手のAMB の日本法人AMB ブラックパインが、成田空港近接地に総合保税地域の機能を有する大型物流団地の建設に着手した(注9)。成田空港周辺では同じく米国物流大手のプロロジスも物流施設を建設中であるが、同施設でも特例措置の適用を受けた総合保税地域としての運営を検討中とのことである(注10)。
 北九州市の「北九州市国際物流特区」では、資本関係のない企業間でも自前の送電線による電力供給を認める規制緩和を受け、新日本製鐵が100%子会社「東田コジェネ」を設立、同社が発電施設を新設し周辺企業に安価な電力を販売することとなった(注11)。
 これら四つの事例に共通するのは、進出希望企業の持つニーズに対応した規制緩和を実現することで、競合自治体にはない独自のセールスポイントを獲得したという点であり、非価格的な競争に持ち込んだという意味でまさに差別化戦略そのものである。
 コスト・リーダーシップ戦略では、自治体の財政負担増という犠牲を払って企業誘致を促すという意味で企業と自治体は”win-lose”の関係にあるが、差別化戦略では両者の関係は”win-win”なものとなる。北九州市国際物流特区における東田コジェネの事例で言えば、規制の特例措置を活用することで、北九州市は追加的な財政支出なしに企業誘致に成功し、企業側は電力供給事業という新たな事業機会を得ることができた。加えて、周辺の企業は安価な電力を利用できるようになり、さらにはそれが当該地域への新たな企業進出を促すことにもつながっていくということで、関係者がみなメリットを享受できる”win-win”のパターンとなっている。当の北九州市当局は特区における規制緩和の適用を受けるために、知恵を絞り、また汗もかいたが、少なくとも財政支出という「腹」は痛めていない。「体力勝負」ではなく「知恵と工夫」で勝負するという差別化戦略の真骨頂である。

5. 「知恵と工夫の競争」で空洞化に歯止めを

 構造改革特区制度は、第一弾の特区認定からまだ一年が経過したに過ぎないが、それでもその間に、図表3 に挙げたように22件・約85ha にのぼる企業誘致に繋がっている。これらの事例は工場立地動向調査の調査対象とは必ずしも一致しないため単純な比較はできないが、工場立地動向調査における2003年の工場立地件数の対前年増加が208件・約453haであるから、特区制度による企業誘致の実績はおおよそのボリューム感としては増加分の約1〜2 割程度に相当する。個々の特区の認定からまだ日が浅いこと、今後同種の規制緩和の適用を受ける特区が増えていくこと等を考えあわせると、特区制度を利用した企業誘致の件数は今後さらに増加していくとみてよいだろう。
 製造業の生産拠点が低コストの国に移転していく空洞化現象は、いわば歴史的必然であり、この流れに抗することはできないという悲観的な見方が支配的である。しかし、これまで見てきたように、自治体のさまざまな努力によってこうした流れに歯止めをかけることはけっして不可能なことではない。確かにコスト面ではアジア諸国に太刀打ちできないかもしれないが、国内市場への近接性、本社や研究所といった拠点との近接性、労働力の質、言語の問題やカントリーリスクといった要素も含めて考えれば、国内立地にも優位性がないわけではない。問題は競争の仕方、つまり競争戦略にある。圧倒的なコスト優位を誇るアジア諸国に対して、企業への財政支援という「価格競争」のみで競争を挑んでも、所詮は限界がある。その点、非価格競争、すなわちコスト要因以外の面で競争を仕掛けるという差別化戦略は、国内自治体間の競争のみならず、対アジア諸国を含むグローバルな競争という観点からも、真剣に検討されてしかるべきであろう。
 これまで見てきたように、国内のみならずグローバルな地域間競争において、構造改革特区制度は地方自治体にとって有力な戦略的ツールとなるポテンシャルを秘めている。各自治体がこの制度をどのように活用していくかが、それぞれの地域経済を活性化させていく上で重要なポイントとなるだろう。「知恵と工夫の競争」をどう闘い抜いていくか−まさに各自治体の手腕が問われているのである。
                                                      以 上

1 「三重県がシャープに90 億円補助金」2002年4月3日付日本経済新聞地方経済面
2 企業立地情報センターホームページhttp://region.jasmec.go.jp/LP-center/
3 「検証北川ショック巨額補助金の吸引力(上)2002年8月9日付日本経済新聞地方経済面
4 M.E.ポーター「競争優位の戦略」1985年ダイヤモンド社
5 構造改革特別区域推進本部による分類
   http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kouzou2/kouhyou/040615/siryou1.pdf
6 「企業への工業団地売り込み 不況下、ニーズどうつかむ」平成15年9月12日付神戸新聞
7 「廃車リサイクル 旭川・石狩に専用工場 鈴木商会」平成15年10月15日付北海道新聞「石狩新港 湾車輌重量制限の規制緩和」平成16年2月25日付北海道新聞
8平成16年1月26日大阪府発表「りんくうタウンにおけるイオンモール(株)との借地契約について」
   http://www.pref.osaka.jp/fumin/html/01996.html
9 「成田の米系物流団地、初の民間保税地域に」平成16年2月18日付日本経済新聞地方経済面
10 「成田周辺物流施設、米系2社が着工、倉庫需要にらむ」平成16年4月6日付日本経済新聞地方   経済面
11 「物流特区で2社創業」平成15年7月30日付日本経済新聞地方経済面


(財)えひめ地域政策研究センター「調査研究情報誌ECPR」2004 No.2 Volume13 所収

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