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はじめに
言うまでもなく消費には「モノ(製品)」の消費と「サービス(ソフト)」の消費がある。しかし、マーケティングの基本である「顧客はドリルという製品を買うのではなく、ドリルの「穴を開ける」という便益を買うのである」といういわゆる「製品=便益の束(bundle
of benefit
)」論を引くまでもなく、顧客の便益という視点から見ればモノとサービスの間にそれほど明瞭な境界があるわけではない(穴を開けるという目的のためにドリルを買うか職人を頼むかと考えればモノとサービスは相互代替的である)。一方、吉川弘之氏が「授業というサービス業は教師一人では限られた人数の学生にしか与えることができないが、製造業が生み出したテレビを使えば同時に大勢の人間に講義できる。また人間がかついでいたかごが自動車に置き換わって輸送サービスが充実するなど、製造業はサービスの増幅装置を作ってきた(i)
」と述べているように、モノとサービスはある局面においては相互補完的でもある。 本章では、主としてこの「モノとサービスの関係」に着目しながら、戦後の我が国の消費者ライフスタイルの変遷を辿ることを通じて、消費者ライフスタイルへの理解を深めるうえでの視点を提供したい。
「高度成長期」再考
戦後の我が国の高度成長の原動力となったのは、言うまでもなく製造業であった。ドラッカーが「日本を今日のような経済大国に導いた経済と産業の力は、まさに工業化時代において行なうべきことを、優れた規律と一貫性と卓越性のもとに行った結果、手にすることができたものである(ii)
。」と指摘しているように、戦後の我が国はまさに彼が言うところの
「工業化社会」の典型であった。こうした急速な工業化に伴い、高度成長期には農村から都市部への急激な人口の移動が発生した。1950 年から1970 年の20
年間に我が国の人口は 8,320 万人から10,467 万人へと約26%増加したが、この間三大都市圏人口はそれをはるかに上回る約66%増(2,845
万人から4,733 万人へ)という驚異的な伸びを示している(図1 )。
 地縁・血縁が色濃く支配するいわゆる「村落共同体」の特徴は一言で言えば相互扶助の社会である。それはサービスという視点で見れば、「困ったときはお互い様」というフレーズに象徴されるように、サービスの提供と受益が共同体内部でフレキシブルに行われていたということである。もちろん、村落共同体においても八百屋や魚屋など、一部の商業サービスについては専門分化していたが、これも「御用聞き」に代表される、極めて地域密着型のものであったであろうことは想像に難くない。また、共同体社会においては、家庭内での役割分担もまたそれほど明確ではなかった。主婦はもっぱら家事を担当するという大まかな役割分担はあったものの、農繁期には主婦も重要な働き手であったし、子供もまた働き手あるいは家事の担い手としての役割を一部担っていた。 しかし、工業化の進展に伴う農村部から都市部への人口流入は、同時に都市部における核家族化の進行をもたらした。都市部においては生活の基本単位は相互扶助的な共同体ではなく「家族」となったのである。同時にまた、核家族においては夫が労働者で妻が家事という家庭内の役割分担も必然的に明確にならざるを得ない。その意味では、高度成長の初期に電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビが「三種の神器」として急速に普及したのは偶然ではないと言えよう。洗濯は家事の中でも重労働のひとつであるが、電気洗濯機は従来のように共同体による相互扶助が期待できないために増大する主婦の家事負担を軽減した。電気冷蔵庫は同じく村落共同体型の「御用聞き」、すなわちジャスト・イン・タイムで食料品を補給してくれる存在がいない都市部においては必需品であったであろう。また、白黒テレビは、地縁・血縁という共同体特有のコミュニケーションの欠落を埋める新たなコミュニケーションの媒体であったともいえよう。「新しい土地での新しい生活」は生活が「家族」という単位である程度自己完結することを求められる。それゆえ「一家に一台」、こうした工業製品が必要とされたのである。 そして、この「一家に一台」というフレーズこそがその後の我が国の工業化社会としての発展の原動力となったと言っても過言ではないだろう。製造業に従事し、工業製品を作ることで収入を得て、それで工業製品を買うという自律的発展メカニズムを通じて「モノの量的充足を通じた生活水準の向上(iii)
」を図ることこそが人々の基本的価値観となったのである。60 年代の「三種の神器」に続く70 年代の「3C
」(自家用車・クーラー・カラーテレビ)ブームに典型的に見られるように、人々にとってモノを持つことこそが豊かさの証しとなったのである。 この「モノの量的充足を通じた生活水準の向上」という価値観は、生活に必要なモノが事実上ほぼ家庭内に充足したと思われる80
年代に入っても変わることはなかった。人々はより高次の機能を工業製品に求めたのである。例えば、ホームベーカリーやホームエステ、ウールやふとんが洗える洗濯機あるいは高機能の電子レンジなど、この時期の工業製品のキャッチコピーには「ご家庭でもお手軽に一流の○○を手に入れられます」といったものが多い。これらはいずれもパン屋、エステティックサロン、クリーニング屋、高級レストランといったサービス業の領域を侵食する製品である。もちろん、こうした製品が需要される背景にはサービス業の側の前近代性という面もあるが、費用対効果を冷静に考えるならば、製品コンセプトとしては明らかに「オーバーシュート」気味の製品である。事実ホームベーカリーなどは一時のブームが嘘のように、短期間で市場から姿を消してしまった。こうした「行き過ぎた」製品が相次いで登場するに至って、ようやく消費者も「モノの量的充足を通じた生活水準の向上」に一定の限界を感じ始めたのではないだろうか。
バブルの崩壊−防衛的リストラクチャリングの時代
こうした、モノの所有を通じて豊かさを実現するという価値観に対する疑念を確定的なものにしたのが、バブル経済の崩壊であった。バブルの崩壊は、雇用不安の増大、収入の減少、株・不動産など資産の目減りなどといったかたちで家計に深刻な影響を与え始めた。しかも、こうした直接的な影響のみならず、バブル経済の崩壊は、戦後の高度成長を支えてきた「右肩上がりの成長」と「終身雇用制度」というふたつの基本的価値観に揺らぎをもたらしたという点で、国民に対する心理的な影響も無視できない。中野孝次著『清貧の思想』は1992
年9 月の発売以来半年間で52 万部を売るベストセラーとなった(iv)
が、同書が説いたのは物質的豊かさに振り回されない、目に見えぬものを大切にする生き方であった。消費者は、このように収入面でもマインドの面でも「防衛」的色彩を強めることとなる。 こうした個人消費の萎縮傾向に対して、企業の側も対応を余儀なくされた。それが製品機能の絞込み(による低価格化)と製品アイテムの絞り込みである。機能の絞り込みとは、
80 年代を通じて行われてきた高機能追求競争と決別し、ユーザーがほんとうに必要な機能に絞り込んでその分価格を据え置くというものであり、その代表例が1993
年発売の松下電器産業のVTR 、「みんなのビデオNV-H1T 」であった。同製品はBS チューナーやS-VHS
という当時の最新機能を盛り込まず、逆にボタンの数を減らして操作のし易さに力点を置き、その分価格を押さえた結果、発売1年間で40
万台という大ヒットとなった。ちなみにこの数字は松下のVTR で歴代2 位タイの記録であり、1993 年のVTR の国内総出荷台数約 448
万台に対して一機種で10%近い市場シェアを獲得したことになる(v)
。こうした機能の絞り込みと平行して、製品アイテムの絞り込みも各メーカーで進められた。例えばライオンは1988 年に600 弱あったアイテム数を1991
年末には422 に絞っている(vi)
。また、サービス業においては、一連のディスカウンターやすかいらーくの「ガスト」に代表される低価格路線の台頭により「価格破壊」という言葉も生まれた。 「右肩上がりの成長」と「終身雇用制度」の終焉は、一言で言えば「明日は今日よりも良くなる」という楽観的な未来が保証されないということである。ここに至ってようやく消費者は自らの持つ「資源」が有限であることに気づき始めたのではないだろうか。ここで言う「資源」とは「カネ」「時間」「スペース」「自然資源」の四つである。最初の「カネ」についてはもはや説明は不要であろう。消費者の「カネ」の制約が、企業を先に挙げた一連の行動に走らせたと言ってよいだろう。 「時間」とは、一日24
時間、週168
時間という限られた「時間」である。豊かさが「モノ」で計られた時代には時間の貴重さはそれほど認識されていなかったが、バブル崩壊後は逆に「自分の時間」が意味を持ち始める。しかし時間は有限であり、睡眠時間を削るぐらいしかこれを増やす方法はない(実際、首都圏のビジネスマン(男性)の睡眠時間は平日平均で6
時間8 分と20 年前に比べて53 分短くなっている(vii) )。その意味で90
年代に入っていわば「カネで時間を買う」にも似たいわゆる時間節約型、あるいは時間解放型の商品・サービスが台頭してきたことは注目に値する。 「スペース」とは、住宅の広さである。バブル崩壊までは「住宅すごろく」という言葉に代表されるように、住宅は住み替えていくもの(ステップアップ)であり、それに従って面積も広がっていくことがある程度前提となっていた。従って、モノを買い込んでもそれを置く物理的なスペースにそれほど悩む必要はなかったが、バブル崩壊とそれに伴う不動産資産価値の目減りによって住宅すごろくの図式が崩れたことにより、消費者はモノの置き場という問題に直面することになった。 最後の「自然資源」とは消費者の環境問題への関心の高まり、すなわちエコロジーである。
消費者はこれらのいわば自身の「経営資源」が有限であることに気づき、その組み合わせ(ポートフォリオ)を最適化する必要があることに気づき始めたのである。
攻めのリストラクチャリングへ 90
年代は経済の混迷に加えて政治的にも混迷した時代であった。この間、首相は海部・宮澤・細川・羽田・村山・橋本・小渕・森と目まぐるしく交代した。こうした不安定な政局は、消費者に「お上はもはやあてにできない」という思いを強くさせたことは想像に難くない。実は「山一・拓銀ショック」の到来より前に、消費者は自らの生活をより積極的にリストラクチャリング(再構築)し始めたとみてよいのではないだろうか。その意味では消費者は無意識のうちに(ある意味では企業経営者よりも早く)「自己責任」が問われる時代に入ったことを実感として感じていたのかもしれない。 自分自身の経営資源が有限であることに気づき、自己の責任においてそのポートフォリオの最適化を図るとなると、まず考えるのが「選択と集中」である。「選択と集中」とは、裏を返せば不要な部分を切り捨てるということである。要は「あれもこれも」は無理だということに気づいた消費者は、自身が価値を見出せない領域に関しては積極的に「捨てる」ことを始めた。これだけ不況だと言われていながら、ここ数年海外旅行者数は増大の一途であるし(1999
年1,636 万人は史上第三位)、シャネルやグッチといった高級ブランド品のブームも続いている。その反面ユニクロのような低価格衣料品や、マクドナルドの平日65
円バーガーに人気が集まるといった一見矛盾した消費者行動は「選択と集中」の結果であると見るべきであろう。要は消費者の意識において、「こだわる」領域と「わりきる」領域が明確に峻別され始めたのである。その意味で特に注目すべきは「わりきりかた」である。
80
年代を通じて消費者は「こだわる」部分についてはこだわりかたやそこでのカネの使い方という点で修練を積んできているが、「わりきる」ことに目覚めたのはバブル崩壊以降であり、まさにベストセラーのタイトルではないが近年の消費者の「捨てる技術」の技術革新には目を瞠るものがある。 例えば「持たざる経営」である。一例を挙げよう。クルマは住宅と並んで個人の物質的豊かさを象徴するステータスシンボルであり、所有することが当然のものであると考えられていた。しかし、そうした固定観念とは裏腹に、近年個人の自動車リースが急拡大している。日本自動車リース協会連合会によると、1999
年の個人自動車リースは約205,000 台と前年の2.5 倍に増えたという(viii)
。また、週末・休日にマイカー代わりにレンタカーを借りるというニーズも急増しているそうである(ix)
。 「持たざる経営」のもうひとつのかたちとして、家庭に不要な在庫を持たない「カンバン方式」も浸透しつつある。バブル経済崩壊後、本当に必要になる直前までモノを買わず、必要になる都度必要な分だけを買うという「間近消費」が増えているという(x)
。これは前述の「スペース」からくる制約もあるだろうし、入用なものが24
時間いつでも購入可能なコンビニエンスストアの普及という要因にも支えられていると考えられる。昨今のフリーマーケットブームも、在庫を持たない(不要なものは処分する)という点では極めてジャストインタイム的である。 「持たざる経営」とは、消費者にとって価値の低い分野(わりきり分野)については、モノの所有にこだわらず積極的にアウトソーシング(外部委託)するということである。こうした行動の背景には、アウトソーシングの受け皿としてのサービス産業の発展がある。先に見てきたように、高度成長期においては、「モノの所有=豊かさの尺度」という価値観の中で「モノによるサービスの侵食」が起きていたが、これにはサービス業の側の前近代性、すなわちサービス業の供給サイドが消費者ニーズにきめ細かく応えられていないという側面もあった。しかし、90
年代以降に急拡大したサービス業の特色は、大胆なシステム化の導入を通じて従来サービス業のジレンマであると言われていた「価格」と「サービスの質」を両立させていることである。セブン・イレブン、ヤマト運輸、マクドナルド、アスクル、ドトールコーヒーなどがこうした「サービス業のシステム産業化」の代表例である。
新たな潮流 現在、GDP
の約六割を占める個人消費に勢いがないことが景気回復を遅らせている原因と言われている。しかし、これまで見てきたように、消費者が選択と集中という家計の積極的リストラクチャリングを行っているとすれば、グロスで個人消費の量が伸びないことも頷ける。 消費者はいま、自らの生活を積極的にリストラクチャリングすることを通じて急速にスマート・コンシューマー(賢い消費者)化している。いまやスマートであることそれ自体が「ライフスタイル」となりつつあるといっても過言ではないだろう。『節約生活のススメ』『工夫生活のススメ』(山崎えり子著)や『「捨てる!」技術』(辰巳渚著)といった書籍がベストセラーになるということ、あるいはフリーマーケットやアウトレットモールの隆盛は、消費者がリストラという行為自体をスタイルとして楽しんでいるということもできよう。 こうした消費者のライフスタイルに対する価値観の変化を踏まえて、具体的に消費者に対して今後どのようなアプローチが有効となるのかについては、第6章以降で詳述するが、本章では最後に、IT
(情報通信技術)がライフスタイル・リストラクチャリングにおいて果たしている機能について見ておくこととしたい。 これまで眺めてきたように、モノとサービスの関係について言えば、高度成長期は技術革新のスピードの速い「モノ(工業製品)」が前近代的なサービスを代替していった時代であった。しかし、90
年代以降は逆にその揺り戻しとでもいうべき現象、すなわちIT
をベースにシステム産業化したサービス業が消費者のライフスタイル・リストラクチャリングに伴うアウトソーシングの受け皿として復権を果たした時代であったといえよう。また、IT
はサービス業固有のいくつかの特性(無形性(intangibility )、バラツキ性(inconsistency
)、生産と消費の同時性(inseparability )、在庫困難性(inventory difficulty )(xi)
)から来る限界をある程度解消させるという点でもその効力を発揮している。 では、今後はどうなるかと言えば、特にIT
周辺領域ではモノとサービスという区別自体が明瞭ではなくなり、モノとサービスとの融合とでもいうべき現象が生じ始めている。言うまでもなく情報(ソフト)の提供はサービス業であるが、その伝達はモノ(ハード)に依存せざるをえない。パソコンや携帯電話などはハードとソフトのどちらが欠けても商品として意味をなさないという意味において極めて相互補完的である。それゆえ携帯電話のハードがただ同然の価格で売られるというような現象が起きるのである。もちろん、IT
以前にもこうした相互補完的な商品がなかったわけではない。例えばテレビがそうであるが、テレビの場合は双方向ではなかったため、人々の感覚としてはあくまで「テレビというハードを買う」というイメージが強かったのであろう。 佐伯啓思氏は、バブル崩壊後の消費低迷の状況を「消費者の欲望を掻き立てるメカニズムが限界に突き当たったことが、今の消費不況の根底にある。これまで企業は、欲望のフロンティアと技術のフロンティアが一致したところに利潤機会を見出してきたが、その構図が崩れてしまった(xii)
。」と評したが、その文脈で言えば、「情報」がモノに変わる新たな欲望のフロンティア(しかも技術のフロンティアでもある)として、21
世紀初頭の新たなライフスタイルの形成に今後どのような役割を担うことになるのか、注目していく必要があるだろう。

【参考文献】 i 『吉川東大教授が講演、製造業が作るのはサービス増幅装置』1990 年6 月12 日付日経産業新聞 ii P.
F.ドラッカー『ポスト資本主義社会』1993 年ダイヤモンド社 iii 馬場靖憲『デジタル価値創造』1998 年NTT 出版 iv
「異例の売れ行き示す「清貧の思想」送り出す」1993 年3 月18 日付日経流通新聞 v 「特集−バリュー・ルネサンス」日経ビジネス1994 年3
月14 日号 vi 「ライオン―既存・新製品とも絞る(市場キャッチ点検)」 1992 年5 月14 日付日経流通新聞 vii シチズン時計「20
年の推移で見るビジネスマンの週間時間簿」2000 年5 月20 日 viii 「進化するリース・レンタル−市場構造変化が追い風、自動車」2000 年4
月7 日付日経産業新聞 ix 「隠れ消費B所有から利用へ−市場成熟、実利を優先。」2000 年10 月/26 日付日本経済新聞朝刊 x
「特集/貧にして楽しむ」日経ビジネス1994 年1 月10 日号 xi 嶋口充輝「顧客満足型マーケティングの構図」1994 年有斐閣 xii
佐伯啓思「欲望のフロンティア開拓が行き詰まった」日経ビジネス1994 年1 月10 日号
三井業際研究所ライフスタイル委員会調査研究報告書「ヒット商品と消費者ライフスタイル」所収
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