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1.個人消費は回復するか
堺屋太一・前経済企画庁長官が月例経済報告において『変化の胎動』という表現を用いたのは98年12月であった(注1)
。ところが、それから2年以上が経過した今日においてもなお、我が国の景気はいまだ明確な回復基調を示すには至っていないが、その主因は我が国のGDPの約6割を占める個人消費の低迷にある。この個人消費について、日本銀行は企業収益と家計所得の関係をダムの水位と下流への放流の関係に喩えて「ダムの水位の上昇、すなわち企業収益の増加が明確になるならば、下流への実際の放流、すなわち家計所得の増加、ひいては消費の増加に繋がっていく可能性が高まる」という「ダム論」を展開している(注2)
。また、金森久雄・日本経済研究センター顧問も同様に「消費がなかなか増えてこないことは今回の景気回復を力の弱いものにしている大きな原因だが、その主因はタイムラグである。賃金やボーナスも増えている。設備投資が大幅に増えて消費が停滞を続けるといった経済はありえない。まもなく消費は増加してくるだろう。」と主張している(注3)
。しかし、こうした意見に代表される「所得の増加→消費の増加」というような単純論で、果たして現在の消費者行動を説明できるのだろうか。
松原隆一郎・東京大学経済学部教授は、近年の不況においては「ラチェット効果(不況期には可処分所得が減少するが消費はさほど減らないため、消費性向が上昇して景気を下支えする効果)」が働いていないことを挙げ、それが「消費の調整可能性が高まっているということ、すなわち支出の中心が選択的消費に移りつつあること」を示しており、「消費が所得と直接の相関を見せなくなった」と指摘している(注4)
。松原氏が指摘しているように「消費しないこと」も含めて消費者の選択肢が増えている中、上述のような単純論はいささか楽観的に過ぎるように思われる。我々が本研究を通して、現在の消費者をそのライフスタイルという視点から観察してきた結果も、消費者の意識や行動がそれほど単純なものではないことを示唆している。
本章では、これまでの研究成果を踏まえて、現在の我が国の消費者の実像をいささかなりとも浮き彫りにすることを試み、もって本研究の総括としたい。
2.経験価値の経済
パイン&ギルモア(B.Joseph PineU& James H.Gilmore)は工業経済、サービス経済に続く経済発展の段階として「経験経済(Experience
Economy)」を提唱している(注5) 。彼らは、経済価値の進歩を『第一次産品(commodities)の採取』→『工業製品(goods)の製造』→『サービス(services)の提供』→『経験(experiences)の演出』の四段階に定義し、ケーキを例に説明している。
「農業経済のなごりをとどめていた頃、母親たちは農産品(小麦粉、砂糖、バター、卵)を混ぜ合わせて、バースデーケーキを手作りしていた。材料費といえば、全部でほんの何十セントかだった。工業経済が進展すると、1ドルか2ドルを出してベティ・クロッカーのケーキ・ミックスを買った。その後、サービス経済が定着すると忙しい親たちはケーキ屋などに10ドルから15ドル程度の値段のケーキを注文するようになった。箱入りケーキ・ミックスの10倍近い値段である。そしていま、時間に飢えた1990年代の親たちは、バースデーケーキを作るどころかパーティさえ開かなくなった。その代わりに100ドル以上を支払って、チャック・E・チーゼスや、ディカバリー・ゾーン、マイニング・カンパニーなど、子供たちのために思い出に残るイベントを演出してくれる会社に、誕生会をまるごとアウトソーシングしてしまう。」
工業製品が、そしてサービスが急速に「コモディティ化(=広範な普及と低価格化)」しつつある現在、企業は自社の提供物を経済価値の次なる段階である経験経済へとアップグレードせざるを得ないと彼らは主張する。なお、彼らのいう『経験(Experience)』という言葉は「過去の経験、体験」という意味ではなく、「今ここで感じる身体的、精神的あるいは美的な快楽、感動」を指している概念である(注6)
。

3.「サービスの提供」と「経験の演出」の違い
経験価値の提供者としてもっとも優れている企業のひとつがディズニーであろう。東京ディズニーランド(TDL)を経営する潟Iリエンタルランドの売上は入場料売上と飲食・物販売上がほぼ等しい。つまり見方を変えれば、TDLは「入場料の必要な商業施設」であるということもできる(事実、TDLは「第一種大規模小売店舗」である)のだが、これこそが、単に「娯楽」というサービスを提供しているに過ぎない他のレジャーランドと経験価値を売るディズニーとの決定的な差異なのである。
また、別稿において、我々は90年代以降の我が国サービス業のシステム産業化による復権を指摘した。例えば、コーヒーを提供するというサービスについて見た場合、いわゆる従来型の喫茶店(コーヒー一杯300円程度)に対して、喫茶店をシステム産業化したドトールコーヒーがコーヒー一杯180円という低価格を実現して急速に店舗を増やしたのがその好例である。しかし、その後スターバックスコーヒーが96年に日本に進出してきた。彼らの売るコーヒーは一杯250円とドトールに対して4割近い高い価格設定にもかかわらず、消費者の支持を得ている。スターバックスもまた、その洗練されたトータル・コンセプトによってコーヒーを飲むという行為を経験の域に高めた(彼らの言うところのコーヒー・エクスペリエンス)という点で、経験経済という次のステージに到達した企業ということがいえよう。
4.消費不況と無縁の「経験価値提供企業」
振り返ってみれば、消費不況と言われた90年代においても好調な売れ行きを示すもの、価格ディスカウントとは無縁のものがいくつもある。例えば経験との関連で理解しやすいのが海外旅行である。JTBの予想では2000年の海外旅行者数は過去最高の1700万人に達すると見られている(注7)
。また、ソニーが99年に発売したロボットペット「AIBO(アイボ)」は25万円という高価格にもかかわらず初回3000台を20分で完売、続く1万台についても13万件を超える申し込みがあったという(いずれも国内のみ)が(注8)
、これもロボットという「夢」の工業製品がもたらす経験価値が買われていると見ることができよう。
一方、高級ブランドブームの続く中、プラダ、エルメス、カルティエ、ルイ・ヴィトン、マックスマーラ等の旗艦店の出店が相次いでいるが(注9)、これも従来のような百貨店の売り場での展開ではそれぞれのブランドの持つ独自の「世界」を表現することに限界があることが理由に挙げられており、これもまた店舗への来店そのものを経験価値とする考え方に基づくものであるといえよう。ナイキが「ナイキタウン」というかたちで出店するのも同様である。
5.経験価値を売ることの難しさ
このように「経験価値」が経済発展段階の次なるステージであるとするならば、経験価値を提供することを自らのミッションと再定義した企業にとって、もはや従来の製造業・サービス業という業態区分はあまり意味をなさなくなる。第 章において我々は、モノとサービスという区別自体が明瞭ではなくなり、モノとサービスの融合とも言うべき現象が生じ始めていると指摘したが、経験はモノを通じてもサービスを通じても提供されるものの、恐らく両者の組み合わせとして提供されるケースが多いものと想定されるからである。GEのジャック・ウェルチは1996年に「高品質な製品の販売も行うグローバル・サービス・カンパニー(A global service company that also sells high-quality products)」を自社のビジョンに掲げ、「超・製造業」への変身を試みているのはこうした文脈で捉えるべきであろう。
しかしながら、「経験価値を売る」ということはけっして簡単なことではない。なぜなら、「あなたはどのような経験をお求めですか」と唐突に聞かれても大方の人は答えに窮するはずであり、いわゆる従来型の市場調査では「経験」に対しての顧客ニーズは容易には把握できないからである。これが本報告書の冒頭で指摘した「いま欲しいものは特にない」消費者と「消費者のニーズがわからない」という企業のミスマッチというかたちで表れているのである。
6.経験経済へのアプローチ
とはいえ、一部の企業においては既に、消費者の経験に訴求する商品戦略についての取り組みが始まっている。我々が第 章にて取り上げたいくつかの事例は、期せずしてパイン&ギルモアが経験経済の特徴として挙げている要素(表−1)をうまく取り込んでいるものということができよう。以下に具体的に見てみる。
【表−1】各経済の特徴
|
農業経済 |
工業経済 |
サービス経済 |
経験経済 |
| 提供物 |
第一次産品 |
財 |
サービス |
経験 |
| 経済機能 |
採取 |
製造 |
提供 |
演出 |
| 提供物の性質 |
代替可能 |
触知可能 |
触知不可能 |
記憶に残る |
| 主な属性 |
天然 |
規格化 |
カスタマイズ |
個人的 |
| 供給方法 |
大量貯蔵 |
製造後棚卸し |
需要に応じて提供 |
一定時間をかけて展開 |
| 売り手 |
商人 |
製造業者 |
供給業者 |
演出業者 |
| 買い手 |
市場 |
ユーザー |
クライアント |
ゲスト |
| 需要要因 |
特性 |
特徴 |
メリット |
感覚刺激 |
B.J.パインU世&J.H.ギルモア「体験価値の創造をビジネスにする法」より(1) IT
少なくとも個人ユースに限ってみた場合、ITは、少なくとも現在のところは、きわめて「経験的」である。NTTドコモのテレビCMに象徴されるように、携帯電話はアニメの主人公たちが使っていた極めて「未来的」な夢の商品である。またロボットペット「AIBO」も鉄腕アトム以来の「人類の夢」の実現を予感させる商品であり、これらの商品を前にしたとき、消費者の経済合理性は麻痺してしまうのである。パソコンも「人間の身体機能の拡張」を感じさせるという点で同様である。インターネットを通じて世界中の情報にアクセス可能である、あるいは世界に向けて情報発信が可能であるという「可能性」それ自体に、あるいはアマゾン・ドットコムで「アメリカから直接」洋書を取り寄せたり、ネットオークションでレアものを競り落としたりするという「行為」そのものに、消費者は酔っている部分がなきにしもあらずである。昨年の年末商戦では年賀状の作成目的でパソコン、デジタルカメラ、プリンターが好調な売れ行きを見せた。これとて投下した金額と時間とを冷静に考えれば、従来どおり印刷屋にオーダーしたほうが安上がりかもしれないのだが、「世界にただひとつしかないオリジナルの年賀状を自分のデザインセンスを発揮して作る」という「経験」が消費者にとって意味があるのである。その意味でIT関連領域は、少なくとも今のところは極めて「経験的」であるということができよう。
(2) パワー・ブランド
パワー・ブランドもまた極めて「経験的」である。片平秀貴・東京大学教授はパワー・ブランドの三大法則の第一に「パワー・ブランドには夢がある」という「夢の法則」を挙げている(ちなみに後のふたつは「一貫性の法則」と「革新性の法則」)(注10)
。優れたブランドには独自の「夢」が備わっており、顧客は商品の購入を通じてその「夢」を共有するのだと片平は主張している。パワー・ブランドはまさに「夢を売っている(ジョルジオ・アルマーニのゼネラル・マネジャー、ジュゼップ・ブルゾーネ氏)」のであり、これも経験価値のひとつのありかたであろう。
(3) ライフスタイル演出型の小売形態
小売業のエンターテイリング(entertailing)化も、買い物そのものを「経験」とするものである。先に挙げたブランド旗艦店にしても、あるいはコンラン・ショップやBPQC、無印良品といったセレクトショップにしても、小売空間そのものをトータル・コンセプトで演出し、顧客に良質な経験を提供しようとしているのである。
また、我々が注目している異業種合同ブランド「WiLL」も経験価値型のブランディングの一形態である。「経験価値マーケティング」の著者、バーンド・H・シュミットは、マネジメント面での問題はあるものの、という条件付きながら、WiLLプロジェクトを「そのコンセプトはクリエイティブでユニークであり、(経験方の提供という点で)完全に道理にかなっている」と評している(注11)
。
いずれにせよ、これまで見てきたように、企業にとって経験価値を提供するという視点から自らの戦略を再点検してみることは有益だと思われる。ソニーは最近、これまでの「デジタル・ドリーム・キッズ(Digital
Dream Kids)」というコンセプトをさらに一歩進めて、「Do you dream in SONY?
- We help dreamers dream」を新しいコーポレート・アイデンティティとしているが、このソニーから消費者へのメッセージには、経験価値の提供を自らのミッションとしようという姿勢が込められていると見るべきであろう。
7.ITとライフスタイル
俗に「IT革命」と呼ばれるように、近年の情報通信技術の発達と普及、経済・社会に与える影響はまさに革命と呼ぶにふさわしい強烈なインパクトである。そして、ITは消費者の欲望のフロンティアと技術のフロンティアが一致しているだけに、もはや一過性のブームに終わることはありえないであろう。もちろん、現在の個人レベルでの需要の盛り上がりは多分に先に述べたような一種の「熱病(フィーバー)」的な色彩は強いものの、個人レベルでのITの普及をさらに一層推し進めることにつながるという意味では結構なことである。そして次世代携帯電話やBSデジタル放送、あるいは政府が推進する高速・広帯域ネットワーク整備といった要因も個人へのIT普及を加速することだろう。
しかし、問題はこの興奮状態が去ったあとである。ITは果たして消費者のより豊かなライフスタイルを実現するツール足りうるのか、という問題に遠からず我々は直面するであろう。例えば90年代において消費者ライフスタイルに大きなインパクトを与えたものとしてコンビニエンスストアと携帯電話を挙げることができるが、携帯電話は言うに及ばず、コンビニもまたITなくしては成立しえない。このふたつによって、確かに我々の生活はずいぶんと便利になった。しかし、例えばコンビニについて考えて見よう。コンビニに置ける商品の数は約3000アイテムだというが、逆にいえば生活に必要な商品の数はとりあえず3000アイテムで事足りるということでもあり、それ以外の商品は「死に筋商品」としてカットされる。つまり、日々刻々リアルタイムで人気投票が行われ、その結果残った「売れ筋商品」すなわち最大公約数的商品だけがコンビニの棚を獲得できるのであるが、ITによって実現されるこのような「徹底した単品管理」と携帯電話や電子メールを主体とする「口コミ情報」の瞬時かつ広範な伝播とがあいまって、いわゆる「メガヒット商品」が生れると見るのは穿った見方であろうか。
例えば、従来国内では入手困難な、例えばアフリカ民俗音楽のCDといったマニアックなものでもネットで取り寄せることが可能になるという点で、ITは本来個人の多様性の発現を支援するものとして期待されているのであるが、現状では逆にITがGLAYやB'z、宇多田ヒカルといったメガヒット現象を助長しているのであり、そのことは実は消費における選択肢の幅を狭めることになっているのかもしれないのである。もちろんITは所詮ツールであり、ツールを使いこなせるかどうかは個人の力量次第である。それゆえここで問題となるのは「個人の力量」なのであるが、力量とは単に「ITリテラシー」を指すのではない。むしろ重要なのは消費の「経験値」なのである。経験に裏打ちされた価値観や選択眼といったものが確立している人にとっては、ITはその価値観を実現する有力なツールになりうるが、その一方、経験値の低い、いわば「個」の未成熟な人は、ITへの依存を通じて結果として「メガヒット」への無意識の雷同を余儀なくされているのである。
その意味で近年のメガヒット現象の多くが若年層を中心に支持されているのは象徴的である。消費のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代は、ITリテラシーこそ高いものの、混迷する90年代にもっとも多感な思春期を過ごしてきたために、消費の「経験値」が決定的に不足しているのである。これに対して、その親たち、すなわちもう一方のボリュームゾーンである団塊の世代は戦後の消費文化を常にリードする立場にあり、経験豊富で選択眼は肥えているもののITリテラシーは低い。ここに現在の消費社会が抱える本質的な問題が潜んでいる。
西垣通・東京大学大学院教授は「IT革命は生活革命なのである」と言うが、彼も指摘しているように、いまのところ我々にその実感は希薄である(注12)
。なぜなら、現在喧伝されている「自宅のソファに寝転がって、リモコン操作ひとつで好きな映画や音楽を楽しめ、ショッピングやチケットの予約、銀行振込みができて、遠方の人と顔を見ながら会話ができる」といった生活シーンは、『生活革命』というにはいまひとつプアな印象を拭えないからであろう。IT革命が生活革命へと波及し、より豊かなライフスタイルへと向かうためには、消費者各人の「ITリテラシー」と消費に関する経験値の両者が一定のバランスを保ちながら向上していく必要がある。そのためには、経験値の高い中高年層のITリテラシー向上と、ITリテラシーの高い若年層の経験値向上を同時に図られなければならない。これこそが、真の意味での「デジタル・ディバイドの解消」なのである。 (完)
【参考文献】
1.経済企画庁「月例経済報告」1998年12月8日
2.2000年8月4日日本銀行山口副総裁講演
3.金森久雄「内需拡大で悲観論打破を」2000年12月10日付日本経済新聞朝刊
4.松原隆一郎「消費資本主義のゆくえ」2000年筑摩書房
5.B・J・パインU世&J・H・ギルモア「体験価値の創造をビジネスにする法」ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス1999年12月号
6.B・J・パインU世&J・H・ギルモア「経験経済」2000年流通科学大学出版
7.海外旅行が最高、今年1700万人へ」2000年11月23日付日本経済新聞朝刊
8.「子犬ロボット、20分で完売、ソニーも驚く大反響。」1999年6月1日付日本経済新聞夕刊、「ソニーのロボット犬、「AIBO」追加販売」1999年11月10日付日本経済新聞朝刊
9..「海外ブランド日本に攻勢」 2000年9.4月/14日付日本経済新聞朝刊
10.片平秀貴「パワー・ブランドの本質」1998年ダイヤモンド社
11.バーンド・H・シュミット「経験価値マーケティング」2000年ダイヤモンド社
12.西垣通「IT革命後の社会」中央公論2000年1月号
三井業際研究所ライフスタイル委員会調査研究報告書「ヒット商品と消費者ライフスタイル―エモーション・プロバイダーをめざして―」所収
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