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1 .企業のIT 導入の現況と問題点
2000
年度版通信白書によれば、民間企業におけるLAN の利用は1999 年度で 90.3%と、初めて90%を超えた。また、インターネットや電子メールもそれぞれ
88.6%、86.0%と急速に普及が進んでいる(図表1 )(1) 。
| 図表1 企業における通信網の利用動向 |
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しかし、こうしたITの導入がどの程度ビジネスに効果をもたらしているのかについては、はなはだ怪しいものがある。日本ガートナーグループが2000
年2
月に行った調査によれば、「自社のシステムでもっとも重要なものを選び、選択肢からビジネス上の効果があったと思うものを選んでください(複数回答可)」という設問に対して、圧倒的に選択率が高かったのは「事務処理の迅速化」であった(図表2)(2)
。
| 図表2 もっとも重要なシステムのビジネス効果 |
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情報化の主役がメインフレーム(大型汎用機)からPC をベースとしたダウンサイジング、分散化、ネットワーク化の方向へと大きく転換した1990
年代初頭において、日本企業は情報化投資で米国企業に大きく遅れをとってしまった(3) 。図表@で見るように、日本企業も1990 年代後半に入ってからは急速にIT
導入を進めてきてはいるものの、その主たる効果が「事務処理の迅速化」だと言うのはかなり問題であると言わざるをえない。ITの導入で事務処理が迅速化するのは当たり前の話であって、IT
導入による効果として期待されるのは図表Aの諸項目のうちでは「事務処理の迅速化」以外の項目であったはずである。
2
.ビジネス・プロセス・リエンジニアリング
日本企業においてIT の導入がはかばかしい成果を上げていない原因を考えるうえで、90
年代初頭に米国企業を席巻した経営改革手法である「ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)」に再度着目する必要がある。M ・ハマー & J
・チャンピーの『リエンジニアリング革命』は米国で1993
年に出版されたが、同書は情報化の進展がもたらすパラダイム・シフトに対応するためには、顧客満足の最大化を目標としてITを活用しつつビジネスのプロセスそのものを抜本的に組み直さなければならないと説く(4)
。終身雇用制を前提とする我が国では、BPR
は結局のところ人員削減の一手段に過ぎないという表層的かつ否定的な受け止められ方が大半であったが、この手法が米国企業の復活に果たした役割を過小に評価するべきではないだろう。米国企業がITをいわば経営革新のドライバーとしてBPR
を積極的に推進してきたのに対し、日本企業の多くは既存のビジネスプロセス(組織、人事制度、意思決定システム等を含む)を基本的に温存したままで、その上にITという「衣」をかぶせているに過ぎない。それでは、IT
導入の効果がせいぜい「事務処理の迅速化」といった限定的なものにとどまってしまうのは当然の帰結である。 E.Brynjolfsson &
L.Hitt は、IT
投資水準と分権化度合いを基準に米国企業を四グループに分類し、それぞれのグループの生産性を比較したところ、IT投資が多く分権化も進んだ企業の生産性はもっとも高かったが、IT
投資は多いものの分権化の進んでいない企業の生産性は四グループ中もっとも(IT投資も少なく分権化も進んでいない企業よりも!)低かったという分析結果を発表している(5)
。彼らが指摘しているように、IT
投資は、「新戦略・新企業プロセス・新組織など、他の補完的投資と組み合わされる場合」において初めて、その企業の生産性向上に効果を発揮するのであって、そうでない場合は逆に生産性の低下を招くことさえあるのである。 小渕政権の目玉プロジェクトとして設置された経済戦略会議が、この点について「日本的システムの良い部分は残しつつも、機能低下に見舞われている旧来型システムについては、日本経済が本来持っている基盤と潜在能力を前向きの形で生かせるような新しい仕組みとしてスピーディーに再構築することこそが求められている」(6)
と指摘したにもかかわらず、企業システムの「再構築」は到底「スピーディー」に進んでいるとは言い難い。そしてその原因は日本企業の色濃い特徴である「集団主義」にある。
3
.「集団主義」の呪縛
堺屋太一が指摘するように、我が国では古来より島国・単一民族・稲作文化という特殊性をベースとした「集団主義」が社会の根底に脈々と流れている(7)
。しかし、情報化・ネットワーク化の時代においては、情報受発信の基本単位が集団(=組織)ではなく個人となる。その端的な例がインターネットであり、電子メールにせよホームページにせよ、「アドレス」という言葉に象徴されるように、「特定された個人」による情報受発信がその基本となっている。それは会社あるいは部・課という組織の後ろに匿名の個人がいるという、従来の集団主義における個人のありかたとは根本的に異なるものである。 おそらく大半の企業において、社内の公文書は部や課といった組織単位の起案・発議になるものであり、そこに実際の作成者が明記されることは一般的ではないであろう。一方、最近日本企業にも導入の進んでいる電子メールはいわば個人の「署名」入りの文書であるが、これは部や課といった組織を情報受発信の基本単位とする企業では、あくまでも私文書の域を出ない。我が国の多くの企業において、電子メールがせいぜい電話の代わり程度の補完的な使われかたしかされていないのは、その背景に集団主義があるからである。
4
.経営革新のドライバーとしてのIT
情報の共有化、意思決定の迅速化、組織のフラット化、アジリティ(俊敏性)、知識創造(ナレッジ・マネジメント)等々、ITの導入と活用が企業経営にもたらすメリットについては、既に語り尽くされている感があり、本稿では紙幅の関係もあり個別にその詳細を論じることはしない。肝心なことはITをドライバーとして経営革新を実行に移すことである。 いわゆる「IT
革命」の時代といわれる1990 年代(我が国にとっては「失われた 10 年(Japan’s lost
decade)」)は、同時に「工業化社会から知識社会への移行」というパラダイムシフトが進行した10
年でもあった。我が国は企業の経営形態、雇用形態を規格品大量生産型の工業化社会に見事なまでに最適化させることを通じて高度成長を謳歌してきたが、知識社会への移行に伴ってそのシステムが環境不適合を起こしていることが、現下の日本経済低迷の根源にあることは論を待たない。 知識社会という新しいパラダイムにおいては、個人の「知」こそが唯一の経営資源となる。そして個人を結節点(ノード)とするネットワーク上でそれらの知を有機的に結合させることによって「組織的知識創造」につなげていくのがいわゆる「ナレッジ・マネジメント」であり、それこそが新しいパラダイムにおける企業のコア・コンピタンスの源泉となる。その意味で、個人の匿名性の高い集団主義は組織的知識創造に適していないと言わざるを得ない。確かにこれまで慣れ親しんできた経営スタイルや雇用慣行、それをベースとしてた成功体験を自ら否定するのは誰しも辛いものである。しかし、我が国においてもいわゆる「市場メカニズム」が機能し始めた今日においては、環境変化に自らを適合させられなければ市場からの退出を迫られることにもなりかねない。それを回避するための第一歩は、理念的に言えば企業が「集団主義」に決別して、個人の持つ多様な個性と能力、価値観を結び付けるネットワーク型の組織を志向することから始まるのではないだろうか。
川上(調達)系のSCM (サプライ・チェーン・マネジメント)、川下(販売)系のCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)などIT を活用した企業経営のバリューチェーンの再構築がブームである。しかし、イントラネットからエクストラネットへとネットワークがシームレス化してこそ意味があるとすれば、川上系と川下系をつなぐリンク(環)である企業内部の経営革新が伴って初めてバリューチェーンの再構築は完成する。SCM、CRM の導入が盛んに進められているにもかかわらず、図表3 −において、「売上の増加」「利益の増加」という項目のスコアが異常に低いということは、この「リンク」の部分の革新が進んでいないことに起因しているのではないだろうか。
[参考文献] 1.「通信利用動向調査(企業調査)」平成12 年度版通信白書 2.「IT User Demand Study Japan
」日本ガートナーグループ 3.辻田昌弘「情報通信革命が促す企業経営パラダイムの変革」第四回読売論壇新人賞入選論文集(1998 読売新聞社刊)所収
4 M ・ハマー & J ・チャンピー「リエンジニアリング革命」(1993 日本経済新聞社刊). 5.米国商務省『デジタル・エコノミー2000
』(室田泰弘編訳2000 東洋経済新報社) 6.経済戦略会議「日本経済再生への戦略(経済戦略会議答申)」1999 年2 月26
日 7.堺屋太一「日本とは何か」(1991 講談社)
三井業際研究所 十日会調査研究報告書「新世紀の日本と企業経営」所収
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