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「お役所仕事」
『お役所仕事』という言葉がある。広辞苑を引くと「形式主義で非能率的な官庁の仕事ぶりを皮肉っていう語」とあり、ことほどさようにお役所ないしはそこで働く公務員の仕事ぶりというのは評判が悪いようである。公務員の仕事がかくも「形式主義で非能率的」といわれる理由は、もっぱら民間企業との比較において説明されることが多い。 まず、お役所は民間企業と違って利益を追求しているわけではないので、そもそもいわゆる「企業努力」をする必然性がない。たとえ一見すると非合理的な業務であっても、公務員はそれを黙々ときっちりとこなすことは要求されても、その業務自体の見直しや改善をするという意識はあまり働かない。つまり、「コスト意識」が低いのである。民間企業の場合はコスト意識が低い企業は当然にライバル他社との競合の中で自然淘汰されるのであるが、お役所の仕事は独占であり、競争相手がいないから別にコスト意識が低くても一向に差し支えない。なにしろ、企業でいえば「売り上げ」に相当する税金は(多少の変動はあるにせよ)毎年確実に入ってくるのだから。 加えて公務員は身分が安泰である。その時々の好不況の影響はないし、当然リストラもない。最近は必ずしもそうでもないようだが、少なくとも勤め先が倒産して路頭に迷うというようなことはまずなさそうである。その一方で、民間企業のようにがんばった者が報われるような人事評価システムにはなっていない。となれば公務員各人があえて努力をするインセンティブも働かないわけで、かくしてお役所仕事は「形式的で非効率な」ものとなり、納税者からは「税金の無駄遣い」「態度が横柄」と非難されるということのようである。 つまり、突き詰めていえばお役所仕事には内にも外にも競争原理が働いていないから、コスト意識や納税者をお客様と捉える意識も芽生えないということになる。もちろん、規制によって手厚く保護されてきた金融業や建設業の昨今のありさまを見れば、対比される民間企業の側においても必ずしも競争原理が貫徹しているとは言い難い面もあるし、筆者の個人的経験からいえば、公務員の中にも熱意と創意にあふれた、およそ「役人」らしからぬ人物も少なからず存在する。しかし、総体としては公務員に対する上述のような評価は概ね外れてはいないといわざるをえないだろう。 英国においては、サッチャー政権が成立した81年以降今日に至るまで、国営企業の民営化、公務員のエージェンシー化など、公共部門への競争原理の導入を通じた行財政改革が徹底して進められてきた。我が国においても、96年12月に行政改革委員会が提示した基本三原則(「民間でできるものは民間に委ねる」「国民本位の効率的な行政を実現する」「行政の各機関は国民に対する説明責任を果たす」)に見られるように、行政改革を巡る一連の議論を通じてようやくこの点に関する意識が醸成されてきたようである。
「民間活力の導入」の意味
しかしながら、英国における20年近い行革の歴史を見ればわかるように、我が国において広辞苑から「お役所仕事」という言葉が消えるようになるまでには、まだまだ多難な道のりが予想される。特に中央省庁によって業務の細部に至るまで厳しく統制されている地方自治体の場合、自治体内部から主体的に起こるべき改革の意思それ自体が構造的に封殺されているのが現状である。そのような中にあってもなお、先ほど触れたような熱意と創意にあふれる公務員が存在し、その意思をキープし続けていることに筆者は尊敬の念を覚えるものであるが、残念ながら彼らは今のところ役所では少数派であり、彼らのようなニュータイプの公務員が支配勢力となるにはまだ相当の時間を要することであろう。 役所の内部からの意識改革に当面多くを期待できないとすれば、短期的には、競争を通じて日々鍛えられているとされる民間企業の力を借りるという方法が考えられる。いわゆる「民間活力の導入」である。民間活力導入の手法として登場した第三セクター方式は、競争原理に裏打ちされた民間企業のノウハウと資金を公共部門に導入することによって、いわば官民それぞれの長所を掛け合わせることによる相乗効果を狙う仕組みであり、その発想の原点はたいへん意義のあることであった。しかし、残念ながら結果としては、官民それぞれの短所を掛け合わせたような第三セクターが乱立し、全国各地で経営破綻に陥っていることは周知のとおりである。 このような第三セクター方式の失敗を踏まえ、現在注目されているのが行革の本場英国において行政の効率化に実績を持つPFI(Private
Finance
Initiative)である。しかし、これも自民党が議員立法による制定をめざす「PFI推進法」案を見る限りでは、政府・地方自治体による出資・債務保証の道を開くなど根本の部分から換骨奪胎はなはだしく、早晩第三セクター方式の二の舞となるという見方が強い。 そもそも「民間活力の導入」とは民間企業が競争を通じて培ってきたノウハウを公共部門に移植することが主眼であったにもかかわらず、実際には第三セクター方式にせよ今般の「日本型PFI」にせよ、目当ては民間の「資金」すなわち"Finance"にあったことが失敗の本質にあるのではないだろうか。行政に決定的に欠けているものは民間企業の持つノウハウ、つまり「知恵」であるということがそもそもの出発点ではなかったのか。資金は結局のところ知恵を通じてもたらされるものに過ぎないのである。 そのような視点に立ったとき、いま行政、特に地方自治体において必要なことは、民間からの資金の導入ではなく、民間の「知恵」を導入すること、すなわちPFIならぬPWI(Private
Wisdom Initiative)なのである。
民間の「知恵」の導入
さて、民間の知恵の導入ということを考えた場合、もっとも安易な方法は知恵をお金で買うこと、つまりコンサルティング会社に発注することである。特にバブルと期を一にして起こったいわゆる「ふるさと創生一億円事業」や一村一品ブーム、リゾートブームの波に乗って、各地方自治体はこぞってコンサルティング会社やシンクタンク、ゼネコン、広告代理店などに町おこし、村おこしのコンサルティングを依頼した。ところが、全国に約3,300の自治体があるのに対してコンサルティング会社の数は圧倒的に少ない。しかもたいていの場合、自治体は安全志向から大手の著名な会社に発注したがるのでさらに依頼が集中する一方で、そうした会社のスタッフの数と能力には限度がある。結果として、ほとんど同じような内容で単に市町村名だけを入れ替えただけと揶揄されるほど代わり映えのしない企画書・提案書が大量生産されることとなったのである。 しかし、結果を見れば明らかなように、民間の知恵をお金で買うという試みは、自治体にとっては多くの場合、ほとんど「税金の無駄遣い」に終わることとなったわけだが、その原因は受注者側のコンサルティング会社と発注者側の自治体の双方それぞれにある。 まずはコンサルティング会社側であるが、彼らにはそもそも発注者である自治体のニーズに充分応えられるような体制を組めないという事情がある。コンサルティングを行うためには各地域固有の実態を把握しなければならないが、それにはある程度時間をかけた地道な調査が必要となる。しかし実際には先にも触れたようにスタッフの数と能力に限りがあるため、コンサルティング会社にはじっくり腰を落ち着けてフィールドワークを行っているような余裕はないし、ましてや発注者が遠隔地の自治体の場合にはさらに効率が悪化する。たいていの場合、市町村の役場に招かれ、統計資料などでその町の概要を説明され、それから役場の職員に連れられて町内をざっと見て回る、その後何度か現地に足を運んだとしてもヒアリングの相手は役場の人間か町内の有力者、といった程度の表面的なサーベイだけで企画書をまとめざるをえないのである。 他方、発注者である自治体側の問題点としては、受け取った企画なり提案を実行に移す能力がないということである。これは自治体の公務員に能力がないという意味ではなく、冒頭に述べたように自治体のシステムとしてそういう能力が備わっていないのである。中央省庁にそれこそ箸の上げ下ろしまで事細かに指導されることに慣れていて、しかもなにか新しいことにチャレンジすることについてインセンティブが働かないような組織に長年どっぷり漬かっているために、仮に斬新な企画や提案がでてきたとしても、ほとんどの場合それが実行に移されることはないのである。 以上の理由から民間の知恵をお金で買うという一見お手軽で即効性の高そうなやりかたは、実はお金に見合うほどの効果を自治体にもたらさないのである。そもそも自分達の子供の頃を振り返って見ればわかるように、知恵を身につけるには地道な「学習」しか王道がないことは明白である。コンサルティング会社に発注するということは、参考書を買うとか一日だけ有名な先生の講演を聞きにいくようなもので、まったくの無駄とはいわないが、それだけでは知恵はなかなか身につかない。必要なのはじっくりと付き合ってくれる良い先生について学ぶことなのである。では、そうした先生はどこにいるのだろうか。
自治体アドバイザリー・ボード
5月21日付日本経済新聞によれば、松下電器産業は東京三菱銀行会長の高垣佑氏、経済評論家の高原須美子氏、多摩大学学長のグレゴリー・クラーク氏の三人によるアドバイザリー・ボードを設置し、年三回程度同社の経営陣に対して「大所高所から多面的なアドバイス」をいただくこととしたという。地方自治体においてもこれに類似の制度を設けているところもあるようだが、そのメンバーはたいていの場合大学の先生や評論家など、いわゆる有識者・学識経験者と呼ばれる人達である。しかし、民間企業の「知恵」を学ぶという点から考えれば、自治体のアドバイザリー・ボードには是非民間企業のトップマネジメント経験者、つまり企業の会長や相談役、あるいは役員OBといった方を起用すべきであろう。もちろん最近の金融不祥事などを見ていると必ずしも企業経営者が人物としても立派な人かどうかはやや疑わしい部分もあるが、一般論で考えれば企業のトップまで登りつめた人間は、もっとも経営センスに優れ、しかも人望の厚い人であるはずである。 ところで、こうした人達は現状どうしているかというと、たいていはいわゆる「財界活動」なるものをされているようである。功成り名遂げた企業経営者にとって究極の名誉は「叙勲」であり、勲章をいただくには財界活動に打ち込まなければならないそうである。もちろん叙勲はあくまで結果であって、広く日本社会への貢献を目的として財界活動をされている方が大半とは思うが、世界規模の大競争(メガ・コンペティション)時代にあって、日本特有の財界活動のありかたそのものが問い直されているいま、財界活動だけが社会貢献の手段ではないだろう。本田技研工業には創業以来「屋上屋を重ねず」という伝統があり、歴代社長は退任後は会長職に就かず代表権のない取締役相談役などに退くそうであるが、同社のように潔く後任に道を譲った後はいっそ野に下り、ご自身がビジネス社会において長年培ってこられた経験を広く社会のために役立てていただきたいものである。 また、もしもそうした高い志をもった財界人が地方自治体のアドバイザーとして来てくださる場合には、自治体の首長やトップ層だけではなく、職員一般さらには広く住民に対してその知識や経験を披露していただきたい。5月15日付朝日新聞によれば、日本アイ・ビー・エムの椎名武雄会長が都立晴海総合高校で総合学科の必修課目「産業社会と人間」の講師を務められ、約240人の生徒を相手に講義をされたそうである。これに関して文部省は「トップ企業の経営者が経験に基づき、次世代にメッセージを送るのは、大変よいことだ。教育に注文をつける財界人は多くても、実際に参加する人はほとんどいなかった。歓迎したい。」とコメントを寄せているが、まさにそのとおりである。 もう一度若い頃に戻ったつもりで現場に出て、ご自身の類まれな国際感覚、経営センス、見識、経験を人々に伝える。これこそがほんとうの社会貢献ではないのだろうか。次世代を担う若者達が真剣なまなざしで自分のメッセージに聞き入る姿を見ることの喜びは、叙勲に勝るとも劣らない喜びでありまた名誉だと思うのだがいかがだろうか。
自治体ファンクラブ
さて、自治体アドバイザリー・ボードがどちらかといえば大所高所からの民間の知恵を得る手法だとすれば、より実務的な知恵を学ぶ仕組みも考える必要がある。そこで提案したいのが、「自治体ファンクラブ」である。企業でもっとも実務経験が豊富な働き盛りといえば30歳代の社員だと思われるが、彼らを自治体のファンクラブとして組織するのである。年に何回かその自治体に足を運んでもらい、そこで自治体職員や住民と交流する機会をセットする。夏休みなどに家族連れで招待するのもいいし、特典として地域の特産品を送ってあげるのもよいだろう。もちろん交通費や滞在費の一部は自治体側で負担する必要があるかもしれないが、そのコストは今までコンサルティング会社に支払ってきた金額を考えれば安いものである。 そして、個別のテーマごとにセミナーやワークショップのようなかたちで彼ら民間人の専門的知識を吸収するとともに、自治体側からもみずからが抱えている課題をテーマにディスカッションを行うのである。そうしたインタラクションを通じて彼らの持つ多様なノウハウや経験を学ぶことは、自治体職員や地域産業の担い手の方々にとって非常な刺激になることであろう。例えば、情報産業における最新のテクノロジーの話、小売サービス業におけるCS(顧客満足)の考え方、デベロッパーや建設業における都市計画や地域計画の実例、あるいは製造業におけるコストダウンや商品開発の手法など、聞く側に貪欲な好奇心さえあれば彼らは情報の宝庫となるはずであるし、もちろん彼ら民間企業の人間にとっても対話を通じてさまざまな収穫があることであろう。それになにより外部の人の目で自分達の自治体を見てもらうということそれ自体がさまざまな発見につながるし、彼らがその自治体に親近感をもってくれればその周囲の人々に自治体特産品や観光資源の宣伝もしてくれるという副次的効果も期待できよう。 パソコンを全世帯に貸与したことで「電脳村」として一躍有名になった富山県山田村では、昨年全国から100人近い大学生が村に押しかけ、ボランティアで村民にパソコンの指導をしたとのことで、今年の夏休みには300人近い学生が訪れる計画もあるそうである。こうした学生達を含め、今の30歳代以下の人達の多くは都会生まれ都会育ちでいわゆる「ふるさと」を持たない世代である。そういう世代に声をかけて自分達の自治体を「心のふるさと」にしてもらい、自治体のファンクラブ、応援団、そして親善大使として活動してもらうのである。幸い今は電子メールやインターネットも普及している。年に数回の交流で足りない部分はこうしたメディアを活用することで充分補えるはずである。
おわりに
以上、民間の知恵を学ぶための仕組みとして「自治体アドバイザリー・ボード」と「自治体ファンクラブ」のふたつのアイデアを提示したが、これ以外にもいろいろな手が考えられそうである。例えばUターンやIターン、Jターンの支援策についても、従来は過疎対策の側面が強く制度的にも若い人向けになっているものが多いようだが、「知恵」という側面から見れば今後は経験豊富で経済的にも余裕のある中高年層にも目を向けていく必要があるだろう。
(財)経済広報センターが全国の会社員1,881名を対象に実施した「会社員とボランティア活動」に関するアンケート調査によれば、「既にボランティア活動の経験がある」と回答した人が37.8%、「ボランティア活動の経験はないが、やってみたいと思っている」と回答した人が52.0%と合わせて9割近い人がボランティア活動に関心を持っているという。高度成長期が終わり成熟経済に移行したことに伴い、会社員も従来の仕事一辺倒から価値観が多様化し、その中で「他人や社会のために役立つことをしたい」という欲求も徐々に強まりつつある。要は、「知恵」を学ぶための先生は、それほどお金をかけなくても工夫次第でいろいろと探しだすことができるということである。残された問題は自治体側の「学ぼう」とする姿勢である。いくら良い先生を集めても、生徒の側に意欲がなければ所詮「知恵」は身につかないのだから。もちろんこの点に関して筆者はそれほど心配していない。なぜなら、どこの自治体にも熱意と創意にあふれた職員が少数ながら必ずいること、そして時間はかかるかもしれないが彼らが先導役となって徐々にその意欲を周囲に伝播させていくであろうことを確信しているからである。
<参考資料> ・『社外有識者のご意見拝聴、松下電器新組織に3氏』98年5月21日付日本経済新聞 ・『困り果てたら「寝るに限る」−椎名武雄・IBM会長、都立高の教壇に』98年5月15日付朝日新聞 ・『21世紀のふるさとづくり特集−元気村からのメッセージ、富山県山田村』98年4月30日付日本経済新聞
・『第20回「会社員の声」アンケート−「会社員とボランティア活動」の結果報告について』98年1月12日 (財)経済広報センター
地方自治法施行50周年記念事業推進委員会懸賞論文実行委員会・自治省 主催
地方自治法施行50周年記念懸賞論文(テーマ『地方自治・新時代』) 優秀賞
月刊「地方自治」(ぎょうせい刊)98年12月号掲載
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