都心回帰現象についての一考察      辻田昌弘(2002年9月)               
はじめに
 戦後ほぼ一貫して増加し続けた東京都の人口は、1987年に11,740,896人でピークをつけた後、9年連続で減少を続け、1997年より再び増加に転じ、以後6年連続で増加して現在に至っている。ちなみに2002年の人口は11,907,350人と過去最高を更新しており(注1) 、おそらく年内に1,200万人の大台に乗る可能性が高い。
 人口の増減は自然増減(出生者数−死亡者数)と社会増減(転入者数−転出者数)からなるが、自然増減については、少子化の進展により増加幅は趨勢的に縮小しつつあるものの一貫してプラスで推移しており、88年以降の人口減少および97年以降の人口増加は社会増減に負うところが大きい(図1)。つまり、88年以降の人口減少は社会減、すなわち東京都から他県への人口の流出が自然増を上回ることによって生じたものであり、逆に97年以降は社会増、すなわち他県から東京都への人口の流入が人口増に寄与しているということであり、これが「都心回帰現象」と謂われる所以である。



全国および東京圏の人口動態
 人口の社会増減、すなわち人口移動を全国レベルで見ると、移動率(移動者数を人口で除したもの)は1970年の8.02%をピークにほぼ一貫して減少しつつあり、2001年には4.85%と過去最低を更新しつつある(注2) 。高度成長期には主として農村部から都市部へと大量に人口が移動したが、その後の経済の成熟化、地域間格差の解消、少子高齢化の進展といった要因に伴い、人口移動はボリューム的には鎮静化しつつある。しかしながら、都道府県別に見ると2001年で転入超過(=社会増)となっているのは埼玉・千葉・東京・神奈川・愛知・滋賀・兵庫・福岡・沖縄のわずか9都県であり、大都市圏、特に東京圏への人口移動はむしろ先鋭化しつつあるといってもよい(表1)。

表1 転入超過の都道府県数
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001
都道府県数 17 17 17 23 30 30 16 17 14 15 14 9
総務省「住民基本台帳人口移動報告」より作成

 人口移動、特に地域圏間の人口移動の要因は経済的な要因が大きい(後述)と思われるため、都心回帰現象を論じる上でも、行政単位としての東京都に限定するのでなく経済圏としての東京について眺める必要がある。そこで、以下東京圏(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)の人口動態について概観しておこう。
 東京圏の転入超過者数の推移を見ると、高度成長期の60年代には概ね年間30万人以上という大幅な転入超過が続いた後、70年代には急速に減少して概ね年間5〜10万人程度で推移した。その後、80年代に入ると年間10〜15万人程度に増加し、90年代に入ると急激に減少して94・95年には一時的にマイナス(=転出超過)に陥ったものの、96年からは再びプラスに転じ、以後急速に増加して2001年には10万人を越えるに至っている(図2)。


 こうした人口移動の要因について、地域経済学では人口移動を労働力の移動ととらえて説明される。即ち、労働力移動の基本的なメカニズムは、獲得できる賃金あるいは所得の格差に基づいて移動するという考え方である。要するに人は最大の賃金が得られる地域に移動するというのである(注3) 。中村・田渕[1996]によれば、1960年代には全国と東京圏の間の所得格差は1.4倍程度であり、この時期には地方圏から東京圏への人口流入が進んだが、70年代以降は所得格差が1.2倍程度に縮小するのに伴ない、人口流入も沈静化したと分析している(注4) 。
 80年代以降については、60年代ほどではないが、90年前後すなわちバブル期において、所得格差(ここでは1人あたり県民所得の東京圏とその他地方圏の比を用いている(注5) )が1.3倍程度に拡大しており、東京圏への人口流入が増加した時期にほぼ符合していることが伺える(図3)。



東京都と周辺三県の関係
 東京圏の人口動態を東京都と周辺三県に分けて見てみると、周辺三県はそれぞれ一貫して転入超過で推移しているが、東京都は67年から96年までほぼ30年近く、転出超過の状態が続いていたことがわかる(図2)。その意味でも97年以降東京都が転入超過に転じたことは極めて注目すべき現象である。また96年以降の東京圏の転入超過者数の増加局面においては、東京都の転入超過者数の増加が大きく寄与していることが伺えよう。
 東京都の転入・転出の相手先を見ると、転入については全国の道府県から東京都に人が流入しているが、転出については多くが周辺三県に流出するという一貫したパターンが認められる(図4)。つまり、東京を目指して全国から人が集まり、その後ベッドタウンとしての周辺三県に住居を構えて転出するというのが典型的なパターンであるといえよう。


 さて、再び図3に戻ると、東京圏の転入超過者数が増加に転じた96年以降も、東京圏と地方圏の所得格差は拡大していないことがわかる。つまり、前述の所得格差が人口移動の要因であるという説は、少なくとも96年以降の増加局面についてはあてはまっていないということであり、ここには何か別の要因が働いていると考えられる。そこで、東京都の人口移動をネットの転入超過者数ではなく、転出・転入それぞれに分け、なおかつ転出・転入の相手先を周辺三県とそれ以外の地方圏に分けて見たのが図5である。



 図5からは以下の四点が読み取れる。
@ 周辺三県への転出者数は87・88年には30万人を越えていたが、その後は減少傾向にあり、直近では20万人程度で推移している。
A 逆に周辺三県からの転入者数は88年の17.5万人をボトムに緩やかに増加し、20万人前後で推移している。
B 一方、地方圏への転出は一貫して緩やかな減少を続けており、87年の23.9万人から01年には18万人にまで減少している。
C 地方圏からの転入は86年の30.2万人をピークに減少後、近年は23万人前後でほぼ横這いで推移している。
 このうち、Cの地方圏からの転入の減少・横這いについては、前述のようなバブル期以降の東京圏と地方圏の間の所得格差の縮小で説明できる。しかし、@とA、すなわち周辺三県への転出者の減と周辺三県からの転入者の増、については、先ほど述べた「地方圏から東京に人が集まり、その後周辺三県に住居を構えて転出する」という構図が逆転しているということを示している。Bの地方圏への転出数の漸減も含めて考えると、いわば東京都への「定着」傾向が高まっている可能性があるということがいえるのではないだろうか。
事実、東京都の他府県との社会増減の関係を見ると、97年時点では東京都は埼玉・千葉・神奈川の周辺三県と沖縄の計四県のみが転出超過でそれ以外の全ての府県に対して転入超過であったが、2001年には転出超過は沖縄県のみとなっており、周辺三県からも転入超過となっている(表2)。

表2 東京都から見て転出超過の県とその超過者数(転出超過を△表示)
1997年 1998年 1999年 2000年 2001年
埼玉県 △10,737 △6,389 △5,038 △967 650
千葉県 △856 △223 △1,901 2,113 3,183
神奈川県 △2,466 △3,474 573 2,145 1,157
沖縄県 △233 △411 △285 △471 △94
東京都「住民基本台帳移動報告」(平成13年)より作成

 こうした東京都への人口定着傾向を規定する要因は何だろうか。従来、一旦東京圏に流入した後に周辺三県に住居を構えるという構図が成り立っていたということは、周辺三県が東京都内に比べて住居を構えるに適しているということを意味している。そこで、東京都と周辺三県の住居費の格差が要因なっているという仮説を立ててみた。
 東京都と周辺三県の住居費を比較するための指標として、ここでは分譲マンションの平均単価を使うこととする(注6) 。図6には東京都と周辺三県で供給された分譲マンションの平均単価の格差を倍率で示しているが、87年から92年にかけてマンション単価格差は1.6〜1.8倍に拡大し、その後93年以降はほぼ1.3倍程度に収斂していることがわかる。つまり、バブル期のマンション価格の高騰は周辺三県よりも東京都のほうが高騰率が高かったため単価格差が開いたものの、バブル崩壊後はバブル前の格差レベルを若干下回るあたりまで戻ったということである。そして、東京都と周辺三県の間の転入超過者数の推移をマンション単価格差の推移と比較すると、ほぼ逆相関の関係にあることがわかる。



 これは、住宅購入者から見て、現在の1.3倍程度の単価格差は、妥当ないしやや東京都に割安感のある関係となっているため、周辺三県よりも東京都のマンションが選好され、結果として東京都から周辺三県への人口流出が減少し、逆に周辺三県からの流入すら招来していると見ることができよう。
 以上を整理すると、地域間人口移動は、@地方圏と大都市圏の関係では、両者の間の所得格差が、A東京圏の内部においては、東京都と周辺三県の間の住居費の格差が、それぞれ要因として働いているということができよう。

都心回帰現象の今後
 さて、以上の検討結果を踏まえて、都心回帰現象の今後についていささかの考察を加えてみたい。
 まず、地方圏から東京圏への人口移動であるが、全国レベルで見て人口移動そのものが長期的に鎮静化傾向にあり、この傾向はトレンドとしては変わらないのではないのだろうか。特に、人口移動の大きな節目は大学等への進学時と企業への就職時であるが、少子化の進展はこうした移動量が減る方向に働くはずである。
 ただし、景気が本格的な回復局面を迎えると、一時的に地方圏と大都市圏の間の所得格差が拡大することは考えられ、その際には大都市圏への人口流入が増える可能性がある。また、昨今の財政状況を考えると今後地方圏での公共投資は削減傾向に向かうと考えられるので、地方圏の所得水準の下落というかたちで所得格差が拡大することも考えられる。
 一方、東京圏と周辺三県の間の人口移動については、東京都への人口流入が続くと住居費の上昇につながり、住居費の単価格差が拡大するというのが本来の姿のはずだが、東京都内は湾岸部を中心に工場跡地が住宅に転用されるという動きが続いているため、常に住宅供給圧力がかかっており、需給関係はタイトにならず、価格の上昇にはつながらないと思われる。従って周辺三県との住居費単価格差は拡大しないと考えられるので、東京都への人口流入は当面は継続するものと考えられる。
 既に東京都人口は、かつて「東京プロブレム」が懸念された時期を超えて史上最高を更新し続けている。人口流入が続けば過密に伴なうさまざまな「集積の不経済」が今後再燃する可能性があり、既にいわゆる江東区問題のようなかたちで一部表面化している部分もある。都市再生戦略の実施にあたっては、人口増加に対応した都市インフラ整備への目配りが欠かせないであろう。

【注】
1.東京都「住民基本台帳」人口は各年1月1日現在
2.総務省「住民基本台帳人口移動報告」(平成13年)
3.山田浩之編『地域経済額入門』p.96(2002年有斐閣)
4.中村良平・田渕隆俊『都市と地域の経済学』p.233(1996年有斐閣)
5.内閣府「県民経済計算」
6.兜s動産経済研究所「全国マンション市場動向」のデータを使用
今回の分析にあたっては、住居費単価格差の指標として、主としてデータの入手しやすさとカバーされている時期・範囲の観点から、兜s動産経済研究所の分譲マンション平均単価のデータを用いた。住居費については分譲戸建の価格や賃貸住宅の賃料もあるため、マンション価格で代表させることはいささか乱暴ではあるが、戸建の価格や賃料もある程度はマンション価格に連動していると判断し、他に適切な指標がないこともあり、今回は捨象した。


(財)土地総合研究所『土地総合研究』2002年秋号所収

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